排害主義の台頭を!

いま、行動する社会運動の台頭に多数の反響反発が寄せられている。
「排外主義だ!」「差別だ!」「レイシズムだ!」などなど……そんな事に関して、少し書いてみたい。



◆「排外」ではなく「排害」だ

まず「排外主義」だけど、そんな思想は我が国には無い。
いまの運動参加者たちを一目見ても分かる。洋服を着て、スニーカーを履き、洋楽も聴けば、パソコンも使っている。

文明開化後の元武士たちが、電線の下を通る時に、鉄扇で自らの頭を覆ったとされる。彼が「排外主義」と称せられるなら分かるが、現今の行動する社会運動参加者や、日本人が「排外主義」と呼ばれる要素はない。


字義を正すなら、本来的は「排害主義」といった方がいい。外部から共同体にもたらされる害悪を排除しようとする働きだ。なぜ働きかと云うと、「主義」と呼び得る明確な理論体系・思想形態が無いからだ。


排害こそは、国家民族という共同体を守る為に、きわめて自然な働きだ。
それは僕らの肉体を見ても分かる。体内に入った病原菌や悪性腫瘍に対して、白血球や免疫細胞が戦って、病原菌などを排除しようとする。


だからこそ、僕らは健康に生き続けられる。もし肉体がこの働きをヤメたらどうなるか。死んでしまう。動物の群でも、イルカの群がサメの子供を育てたり、シマウマの群がライオンの子供を育てないのは何故かを考えればいい。


自然界に生きる動物は、在日朝鮮人にユスリ・タカリされる日本人よりも、ずっと合理的で賢い。日本を取り巻く情勢を、僕らは政治学・経済学などだ けで考えようとする。だから間違う。さらには人権だ平等だといった、愚かな言語で語ろうとする。故にもっと誤る。生物学・生態学で、自然界に学んで単純に 考えれば良い。

★「排害」こそ種の保存と、共同体を守る為の大原則である。



◆差別で思考停止するな

「差別!」という批判もある。こう言われると、日本の左右両派が一辺にたじろいでしまう。情けない。差別、テロ、暴力、信仰……どれも十人十色、ケースバイケースで、いろんな捉え方がある。

これらを全肯定するのも愚かしいけど、全否定するのは、もっと愚かしい。
日本では既にテロ、戦争、暴力、信仰などには、全否定も全肯定も取らない思想態度が確立してきている。


なのに、いまだ「差別」の一点については、左右両派から一般国民までが、みんな全否定で思考停止してしまっている。せいぜい苦し紛れに「差別じゃない区別だ」と言い返すぐらいだ。とても杜撰な態度だ。


こういった言論構造こそが、まず相手の土俵で、相手のルールに引きずり込まれている。そもそも差別というのは、こちらの差別する意志の有無に関係なく、相手がそう思った時点で差別に成り得るのだ。

ではココで思い出すべきは、上に記したように、白血球が病原菌を排除する作用を、世界中のどの医者が「差別だ!」と騒ぐかと云うことである。「なにを馬鹿な」と思うかもしれないが、本質は同じだ。

害悪を除こうとして「差別だ」と言われても、なぜ排除しなければならないのか、その理由をしっかりと考えて整理し、堂々と分別ある「差別」をすればいいのである。


ちなみに、多くの日本人は区別できていないけど、民族差別と人種差別は違う。人種とは生物的区別による集団だが、民族とは文化的帰属意識による集団だ。イスラエル建国の時、エルサレムに帰って来たユダヤ人の“多人種”ぶりを想起すればいい。


人種の違いで人を排斥するのは誉められた事ではない。
しかし、帰属意識の違う集団が利害対立で衝突するのは、当然の事だ。いまだ日本国内には、竹島を韓国領と言い張る泥棒や、金正日を崇拝するキチガイの朝鮮民族が六〇万人いる。これらと日本民族が衝突するのは当然の事だ。

★人種差別は不要であるが、民族差別は必然である。



◆レイシズムは支那人朝鮮人たちの思想

レイシズムという批判もよくある。多くの一般国民はそんな事いわれたって、なんのこっちゃ分からへんが、要は英語を並べ立てる事によって、我々の運動を欧米白人社会に見られる人種偏見と、もっともらしく同一視せんとする見方だ。

この点に関して云うなら、欧米白人社会に見られるレイシズムが「歪んだ人種優越思想」であるのに対して、我が国における今の潮流は「支那人朝鮮人の横暴に対する鬱積した怒りの爆発」だから、根本的に本質が違う。


日本にレイシズムが希薄であったことは、いままで多くの外国人を受け入れ、彼らが帰化の有無を問わず、少なからず我が国で成功を収めている事実からも伺える。

こうした日本人のレイシズムの希薄さが、かえって支那人朝鮮人を増長させたのが事実ではないか。日本人が欧米白人社会型のレイシズムを彼らに対して抱いていると考えるのは間違いだ。

人様の国に来て、あれほどの横暴を自由気ままに出来る連中の方こそが、我々よりも強く、日本人は圧倒的多数でありながら、圧倒的に弱い情況におかれているのだ。在日朝鮮人こそ「人類史上最強の弱者」なのだ。


欧米白人たちが移民に対して抱いて来たのは「憎悪」だが、日本人が戦後の支那人朝鮮人に対して抱いて来たのは「恐怖」だ。彼らのやり方は、そこに付け込み、上に書いた「排外主義」「差別」「レイシズム」の呪文で、日本人を沈黙させてゴリ押しする戦術だった。

この発想は、中華覇権主義とそれに追随する事大主義が根底にあり、日本へのレイシズムそのものだ。それに対して、日本の政治行政、マスコミ、言論人、アカデミズム、そして左右両翼に至るまでが沈黙を強いられて来た。


今の状態は免疫細胞と病原菌の関係でいえば、免疫不全=エイズと似ている。この不作為としか言えない状態に、立ち上がったのが、行動する社会運動だ。しかし彼らでも未だに、朝鮮人たちの呪文から自由になり切ったとは言い難い。

★本当に欧米型のレイシズムがあれば日本はここまで歪な社会にならなかった。

今こそ日本は、明日の日本の為にも、排害主義が市民権を、勢力を、地位を持つべきである。「排外主義だ!」「差別だ!」「レイシズムだ!」という愚にもつかぬ罵声に臆するときは、祖国が滅びる時だ。

前進か滅亡か。排害主義の旗を堂々と押し立てて進め。
排害主義の台頭にこそ、祖国の明日はある。

核兵器の無い未来よりも、 反日支那人朝鮮人の居ない日本を強く希望する。


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  by haigai | 2010-07-10 20:36 | 排害主義

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