排害主義で既存の綺麗事を殲滅せよ!

d0178541_12482719.jpg 排害社も会員が増えたので、デモ行進などで使う社旗をたくさん製作した。下書きを済ませた布地に、水で調合した水性ペンキを塗っていく。大きい部分は刷毛で、細かい部分は細筆を使い分ける。

 陽射しが強いから、すぐにカラッと乾いてくれるので、製作もはかどる。何枚も作っていると、指先がペンキで真っ黒になってくる。したたる汗を拭うと、頬にペンキが付いてしまった。

 排害社の結成を発表して約一週間、いろんな人から御意見をいただいた。
左翼の人から「なんて名前の団体をつくったんですか」と言われた。そりゃ当然の反応だろう。<行動する社会運動>の常連参加者からも「もっと良い名前があったろうに、◯◯の市民の会とか〜」と言われ、右翼民族派からも「そんな名前にせず、大日本◯◯同志会総本部にしとけばよかったのに」と言われる。


 それらの御意見をうかがって、本当にこの団体名にしてよかったと思った。既存のあらゆる運動に立つ人々から拒絶反応や、動揺を呼んでこその「排害社」である。今までの運動、とりわけ愛国陣営の運動体は、何らかの綺麗事を前提にして出発していた。

たとえば、「◯◯の市民の会」と言えば、「自分達は一般市民に見られたい」という願望があり、「大日本◯◯同志会」には、「自分達はスゴいと思われたい」という願望がある。どれもこれもが、自分達が良く見られたいという姿勢である。

誰も彼もが、悪名や罵倒、レッテル貼りを恐れた結果、何が起きたか?
反日勢力のつくり出すレトリックの前に怯み、彼らのつくり出した常識に自らの言論を合わせるという現象が起きたのだ。反日勢力から「差別だ!」と言われれば、せいぜいが「いや、差別ではない区別である」と弱々しく抗弁するばかりで、なぜ「差別」がいけないのか、「差別」とは何なのかを思考しようとしなかった。

その結果、「自分達はよく見られたい」という願望を抱く、ナイーブなジャパニーズ・ホシュは、左翼言論の前に萎縮と後退を重ねて来たのが、我が国の戦後史である。「祖国を愛する」と言いながら、自分の身を取り繕うことばかりに専心する様は、単なる自己愛者に過ぎない。

ひるがえって左翼陣営はどうだったか?
「共産主義者!」との罵声に対して、「日本共産党」「共産主義者同盟」「革命的共産主義者同盟」を結成し、「共産主義者だけどナニ?」とやったのである。カール・マルクス曰く「共産主義者は己の意図を隠す事を最も恥とする」

悪名・罵倒に臆する者が、それらを恐れぬ者に駆逐されるのは必然である。
ましてや、その相手が日本の左翼のように、その前提となる常識を創り出す者であるなら尚更だ。

製作した新しい何枚もの社旗も、時代の風を満身にあびて翻る日を待ちわびているかのようだ。我等排害社は、一切の悪名を甘受し、罵倒やレッテル貼りを笑い飛ばして、排害主義の旗を高々と掲げて前進する。

排害主義で既存の綺麗事を殲滅せよ!


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  by haigai | 2010-07-17 13:33 | 排害主義

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