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小さな事から始める勇気

小さな事から始める勇気


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ある町に川が流れていた。昔はとてもきれいな川で、鮎や鰻がよく釣れたし、水遊びをする子供で賑わっていた。ある時から、その川の河川敷にゴミがたくさん捨てられるようになった。

魚の数も減って、子供たちも遊ばなくなってしまった。そうすると、ゴミは余計に増えた。見かねた一人の若者が河川敷のゴミ拾いを始めた。しばらくすると、友人たちも手伝いはじめた。「俺たちの育った町の川をゴミだらけにしてちゃいけない」

話を聞いた、近所の老人、主婦たちも手伝いはじめた。商店街の親父さん、サラリーマンのおじさんも、手伝う人の数は次第にどんどん膨らんでいった。みんな休みの日や、お互いに時間をつくっては、ゴミ拾いに汗を流した。

雨の日も、暑い日も、寒い日も。来る日も来る日もゴミ拾いを続けた。空き缶、タバコの吸い殻、割れたビン…少しずつだが、みんな出来る限りゴミ拾いを続けた。まだまだ河川敷はゴミだらけだが、ゴミは確実に少しずつ減って来た。

ある日、みんながいつものようにゴミ拾いに汗を流していると、一人の中年男がやって来た。「おまえら“ゴミ拾い”とか言ってるけど、チマチマしたゴミしか拾わないじゃないか。それよりも、あっちに捨ててある冷蔵庫や廃車みたいな大きいゴミを片づけろよ。あっちのが本物のゴミだろ」と言い放って、くわえていたタバコを投げ捨てた。

例え話はここまで。



「真の在日特権は米軍基地である」

 在特会など<行動する社会運動>に対して、先頃から「新右翼」とされる人々や、新左翼陣営よりこうした批判が投げかけられる。その言説は上記の例え話に記した「一人の中年男」と何が違うというのだろう。「あいつも万引きしたから、あいつも捕まえろ」という万引き犯や、「あれも駐車違反だから、あっちも検挙しろよ」と警察にいうドライバーと一緒である。

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「真の在日特権は米軍基地である」
 主張は分かった。では、何も得意げになって言っていないで、どうぞ自分で在日米軍基地特権の撤廃を目指す運動を始めればいい。けれど彼らはやらない。せいぜいが、年に数回、米軍基地の前かアメリカ大使館に街宣をかけてオシマイである。更には「在日米軍特権」を撤廃させる運動を成就させるまでの具体的な青写真、運動戦略も持っていないのが実態である。

 彼らは一様に米軍基地を引き合いに出して、在日朝鮮人の特権を免罪させるような論調をなす。「在日朝鮮人の問題は大した事ではない」という認識では共通する。さらには「サンフランシスコ講和条約調印にともなって諸権利を喪失したのだから、“特権”が認められて当然」と主張する者までいる。

 在日米軍基地も確かに大きな特権である。日本に駐留する米軍の軍人とその家族がアメリカ本国に帰る時、部屋のクーラーを付けっぱなしにして帰る。また部屋に戻った時、部屋が適温になるまで少しの時間がかかるのが嫌だからだ。その電気代は我々日本人の税金である。そうした話は山のようにある。

 しかし、そうした話を持って来て、在日朝鮮人の問題の免罪符にはならない。戦後の右翼運動はずっと、大きな事を、大きな声で繰り返す連続だった。「北方領土奪還!」「自主憲法制定!」「米軍基地追放!」…けれど、それらのほとんどが未だ実現には程遠く、奪われた領土も帰ってきていない。

 去年の12月4日、チーム関西の同志らが、朝鮮人が不法占拠し続けていた勧進橋児童公園を奪還した。これは国際的な領土問題に比べれば、遥かに小さな事である。しかし、朝鮮人に不法占拠去れた公園を取り戻す気概のない民族に北方領土や竹島を取り戻す事はできない。そうした意味で、勧進橋児童公園と北方領土、竹島、尖閣諸島などは全て“陸続き”となっている。

在日朝鮮人の細々とした問題の一つひとつが例え小さかろうと、それらは確実に日本の独立自存につながっているのである。この問題に多くの市民が立ち上がりはじめた事は喜ぶべきことである。「一人では何もできない奴らが」「寄ってたかって…」とする陰口は、自らが大衆運動をつくれない僻みでしかない。

大きな事を言って何もしない人と、

小さな事からコツコツ汗を流す人であれば、

筆者は確実に後者と手を結ぶ。




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  by haigai | 2010-08-22 12:22 | 朝鮮人問題

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