きれいごとの害悪

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何かにつけて「綺麗ごと」が闊歩する。右を見ても、左を見ても「綺麗ごと」がインフルエンザよりも蔓延しているのが今の日本だ。「綺麗ごと」が如何にタチが悪いか、色々と考えさせられている。

みなさんは「非核三原則」「村山談話」「日本国憲法」の3つを「改正・撤廃」の簡単な順番に並べなさいと言われれば、どう並べるだろうか。よーく考えて頂きたい。

普通に考えれば、
1、一内閣の談話に過ぎない「村山談話」
2、国会決議であるが法的拘束力を持たない「非核三原則」
3、国家の最高法規である「日本国憲法」

といった順番になるだろう。

しかし、実際は「日本国憲法」が一番改正が簡単なのだ。なぜなら、国会議員の三分の二以上と、国民の半分以上の賛成が得られれば、内容はともあれ、改正は出来る。場合によっては、今の国会で議員が改選されなくても可能かもしれない。

その次が「非核三原則」であるが、これも民主党政権の普天間問題をめぐる姿勢を見ていれば分かる。アメリカに何かを言われれば、今までの政治的言動はどこへやらが日本の政治家の常。東アジア有事が勃発すれば「持ち込ませず」はすぐに吹き飛ぶだろう。

そしてダントツに一番難しいのが「村山談話」なのだ。この撤廃を訴える政党は日本の議会に存在していない。発表されて以来、歴代自民党総裁も民主党代表も、各党党首も踏襲してきた。

えっ、たちあがれ日本??当時の平沼赳夫は運輸大臣のイスにすがる為に、「村山談話」に賛成してるよ。

いかに自衛隊が「日本国憲法」に“違憲”な存在だからと言って、国から罷免されたり採用拒否された自衛官はいない。当然だ。しかし、「村山談話」と違う見解を示したからといって、我が国では航空自衛隊幕僚長のクビが飛ぶ。

最高法規たる憲法よりも、隠然と強い拘束力と影響力を持ち、それでいて改廃が至難を極めるのは何故か。もっともらしい理由は何点もあげられるが、その理由のひとつを簡単に言ってしまえば、「村山談話」や「非核三原則」が「綺麗ごと」 だからだ。

なんで「綺麗ごと」は改廃が難しいのか?

国家や政治ではなくて、これを人間関係に置き換えて考えればすぐに分かる。

「このブス!お前なんか嫌いだ!別れてやる!」と、彼女と喧嘩したとする。でも、頭を冷やして冷静になれば「さっきは言い過ぎてゴメンね」と言えるし、それが受け入れられる。

ところが、「君は本当に美人だ!かわいいし、大好きだ!」と、物のはずみで言ったとする。でも、よくよく見てみれば、そんなに美人でもないし、とりたてて言うほど可愛くもなければ、そんなに好きになれそうにもない。

だから「いや、さっきは美人だって言っちゃったけど、あれは言い過ぎた。ゴメンね」と言えばどうなるか。彼女は確実にブチ切れて、修羅の大喧嘩になるでしょう。

それを恐れて言い出せなかったら、ついつい言ってしまったが故に、大して好きでもない相手に拘束され、好きと言い続けなければならない連鎖に陥ってしまう。これが「綺麗ごと」の恐ろしい所なのだ。

暴言や失言は訂正や撤回が出来るが、綺麗ごとは取り消すのが極めて難しい。なぜなら、取り消した発言と180度逆の印象を、相手と周囲に与えてしまうからだ。

これを国家や民族の規模でやればどうなるか?
「綺麗ごと」は、民族の手足を縛り、国力を奪い去り、周囲の敵にカードを与えるばかりである。それに気付かない自称保守や新右翼の類いまでもが「綺麗ごと」を叫ぶのだから、冗談キツいぜ。

「綺麗ごと」は自分のおうちの中だけにしましょう。

「村山談話」や「在日特権」とは、戦後日本が生んだ最大級の「綺麗ごと」の産物である。その改廃の難易度は国憲を凌ぐ。これらと戦うことは、まさに一種の革命闘争である事実を自覚せよ。

「綺麗ごと」を駆逐し、祖国日本断じて護れ!


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  by haigai | 2010-09-04 00:18 | 排害主義

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