山口二矢供述調書

 去る11月2日、東京の日比谷公会堂に1000人近くもの人々が集った。昭和35年10月12日に起きた社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件の山口二矢烈士没後50周年を期しておこなわれた「山口二矢烈士顕彰祭」だ。その祭事は半世紀の歳月が流れたとは思えぬ程、盛大に挙行された。日本全国の右翼民族派活動家、愛国系の市民活動に連なる人々から、報道関係者、警備公安関係者まで。

d0178541_0281594.jpg


 人々は何を求めているのだろうか。否、人々は何に向き合おうとしているのだろうか。茫として漠、その真意を忖度するは難いが、混迷の時代に一筋の光を見出し、その光に照らされし自己の姿に向き合わんと欲しているのではないか。筆者には斯様に思えた。では、その一条の光とは何か。山口二矢烈士そのものである。

 「百聞は一見にしかず、百見は一行にしかず」といえども、昭和35年10月12日の事件だけをもって、山口烈士の胸中に宿った炎と、烈士そのものが放つ“光”を見るのは難しいかもしれない。行動はそれ自体を「肉体言語」とも呼ぶように、思想が宿るが、それを均しく解せられるわけではない。そうなれば、「一行」を解する為の「一聞」「一見」の類いが必要となる。山口二矢烈士享年十七才、遺著はないが幸いにして事件後に聴取された「供述調書」が残っている。

 それがこの度、山口二矢烈士没後50周年を期して発刊された。

d0178541_0512575.jpg


山口二矢供述調書 社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件
山口二矢顕彰会 編
四六並製  152頁、定価:1260円
平成22年11月2日発行

 「事件より50年。「七生報国 天皇陛下万才」を獄中に遺し自ら命を絶った、その壮烈にして清純なる魂」
書籍の帯に刷られたこの文言が、よく表わしている。とにかく胸中に抱いた覚悟の壮烈さと、心の清純さに惹き込まれる。そんな魂に触れられる本だ。靖国神社に祀られし英霊の遺書をまとめた『英霊の言の葉』に近いものがある。

「いや、そんな事を言っても、彼はただの犯罪者で人殺しだ」と論じる者がいる。それは単なる魂なき無味乾燥な法治全能主義者と言うべきであろう。漫画家の小林よりのり氏は、自著の章中「ポチホシュはテロはいかんと言うが、わしは山口二矢の遺書にものすごく共感する」といった事を述べている。法律に合うか背くかではなく、人間の至情をこそ問うのが、本物の思想や哲学を摸索する態度だろう。

 本書は題名通り「供述調書」である。警察が犯人を取り調べして書き取ったものである。故に、冒頭から「…右の者への殺人容疑について聴取する」で始まる。万引きや痴漢から殺人に至るまで、年間何万もの「供述調書」がつくられていく。だが、思想的価値・哲学的実存を問うに値する「供述調書」は、山口二矢供述調書を置いて比肩するものがないだろう。

 山口烈士は自らの人生観を問われて曰く、
「私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れるものであります。その時、富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、たとえ富や権力を得なくても、自己の信念に基づいて生きてきた人生である方が、より有意義であると信じています。自分の信念に基づいて行った行動が、たとえ現在の社会で受け入れられないものでも、またいかに罰せられようとも、私は悩むところも恥ずるところもないと存じます」

 こうした十七才の少年が、かつて日本に存在していた事が信じられるだろうか。また本書の最後には、山口二矢烈士の御尊父が、各週刊誌などに記された手記を掲載している。自分のもとから流れ星のように駆けて行った息子の背中を見送った父の思いが淡々と記されている。本書は「壮烈な魂の記録」でもあり、「哀しき父子の物語」でもあるのだ。

 この本のお求めは全国の書店、もしくは以下の出版社まで。

展転社
〒113−0033
東京都文京区本郷1−28−36 鳳明ビル301
電話03−3815−0721 FAX 03−3815−0786
e-mail : book@tendensha.co.jp


人気ブログランキング、応援のクリックを!
[PR]

  by haigai | 2010-11-07 12:24 | 書籍・雑誌

<< 支那人観光バス違法駐車撲滅運動... 仙谷由人こそ逮捕投獄せよ! >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE