アジア主義を嗤う

アジア主義を嗤う

 ベルリンの壁が崩れて、共産主義の病は癒えても、日本の左右ともどもが患い、未だに治らぬ深刻な持病がある。その病名を「アジア主義」という。先の6日に行なわれたチャンネル桜系のデモでは、領土問題を訴えつつ、「アジアの連帯」とやらを訴えたそうだ、壇上にはアジア各国の国旗が並び、その中に韓国の太極旗もあったとか。

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 領土問題も訴えた集会だと仄聞するが、竹島は“放棄”したのだろうか。挙句、デモ行進で「誰か韓国の旗を持って下さい」とスタッフが頼んでも、誰も持ちたがらなかったとか。罰ゲームではあるまいし、普通の感覚からすれば韓国の旗など運送業に携わって、その荷物の中にでも無い限り持ちたくはない。ましてや、領土問題の集会に太極旗などあれば、焼却か糾弾の対象だろう。アジア主義から来る偽善は病的である。

 アジア主義の源流は明治時代にまで遡る。「アジア」と日本の連帯を説くのを特徴とし、福沢諭吉の説いた「脱亜論」と対極をなす。その思想は、アジア独立運動の支援から、大東亜戦争の南進政策、現在の東アジア共同体構想から、現在叫ばれる「排外主義批判」にまで影を落とす。筑波大学の中川八洋教授は、「アジア主義」の古典ともいうべき樽井藤吉の『大東合邦論』を引きながら、アジア主義を「無教養とニヒリズムを基調に誕生し」た思想であるとバッサリ切り捨てる。

 (有色)人種同士の連帯と、人種間戦争の勃発、そして世界連邦の誕生を樽井は夢見る。後世のアジア主義者は樽井を絶賛するが、こうした反戦サヨク並の妄想を連ねた樽井の著を、当時の報知新聞は「浅薄迂遠にして一読の価値なし」と冷静に酷評している。同人種(有色人種)の連帯と異人種(白色人種)への敵愾心を煽りながら、世界連邦を夢想するのだから、狂気である。

 そもそもアジアとは何か?敢えて言うなら「ヨーロッパでも、アフリカでもアメリカ大陸でもない地域」でしかない。つまりは「その他」である。また換言すれば、「世界最大のカオス」がアジアである。アジアといえば聞えがいいような感じがするが、そう思う者は「アジア」をどれだけ知っているのだろうか?

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 アジアを宗教的に区分すれば儒教文化圏、ヒンズー文化圏、イスラム文化圏となるが、日本はいずれにも属さない。サミュエル・ハンチントンら幾人もの文明学者も「日本は日本文明」と分類し、他のいかなる文明にも包含されないとしている。むしろ日本をアジアに含もうとする考えは、恣意的・政治的な発想からくるものである。

 結局は無知の者が、実態をよく知らぬが故に「アジア主義」と叫んでいるに過ぎない。つまりは、マグマなのか肥溜めなのか、それとも硫酸の池かも分からぬものに飛び込めと言っているようなものだ。一発芸人のパフォーマンスなら分かるが、国家の進む道ではない。

 フィリピンの独立運動家ベニグノ・ラモスは「自国を焼土としても他国の独立に貢献したのは日本だけ」と賞讃した。義侠心から見れば美談とも取れるが、「他国」のために「自国を焼土」とするのは、国家戦略を考える正気ある者の行為とは言い難い。

 アジア主義の悪質な所は「アジアとの連帯」を夢想しながら、知らず知らずの内に、日本に侵略者の触手を招き入れる水先案内人になるか、「アジア」という定義も実態も定かではないカオスに日本を引きずり込む事である。とりわけ、保守派は大東亜戦争を「アジア解放のためにやった戦い」という側面からばかり解釈し、必死に擁護しようとするため、この泥濘に足を取られる。

 こうした思想が保守・右派陣営から左派の一部に一定の支持を集める理由は、彼らの思考力が情緒的感情に劣り、自らが「どう見られるか」を優先させる単なる自己愛者であるのが最大の理由である。いずれにせよ、斯様な思想は日本の為にも排除撲滅されなければならない。


日本の進路はアジア主義との訣別であり、

日本主義への回帰であり、

排害主義の覚醒と台頭において他に無い。



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  by haigai | 2010-11-12 15:57 | 排害主義

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