民族紛争前哨戦としての12・4

国土の恢復、民族の復興

それは12・4からはじまった


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 京都市南区にある勧進橋児童公園が、半世紀の長きに渡り不逞朝鮮人らによって不法に占拠され続けていた。朝鮮人の子供とセンセイもどきが我がモノ顔で公園を占有し、日本人は隅っこで小さくなっていた。日本の縮図ともいうべき公園であったが、それを平成21年12月4日、関西の主権回復を目指す会、在日特権を許さない市民の会の勇士らが実力を以て奪還。

 この義挙は、日本に居座りながら反日侮日的言動を重ねる不逞鮮人への痛烈なる一撃であると共に、戦後初めて日本人が自らの手で成し遂げた“国土恢復”である。「領土奪還」といえば、国際法理学上の問題も出てくるが、「国土回復」とするなら、まさに事実はその通りであろう。


 「寸土を奪われれば全土を奪われる」と言う。換言すれば、寸土の奪還は全土の奪還に通じるし、寸土を恢復できない国が、他国に強大なる軍事力もて奪われたる国土の恢復は、夢想だに出来ぬ不可能事をなり果てる。すでに北方領土、竹島が奪われて幾星霜。尖閣諸島は「問題」としての交渉大にあげられんとし、沖縄をも狙い定めし支那中共は虎視眈々。彼ら侵略者の着目するものは何か。国民の気概である。

 ロシアがエリツィン大統領の頃、時の橋本総理との間に、北方領土問題の話しが出た。ロシア側は、日本の世論調査、テレビで「北方領土なんか知らない」「あまり気にしてない」という日本国民の世論を眺めてから、交渉のテーブルに着いたという話しが、後日談として出て来ている。国民の気概こそが、為政者を突き動かし、侵略者の魂胆を曲げるのである。

 そうした意味で、12・4勧進橋児童公園奪還の意義は、日本国民の気概を国内外に示すに足るものであったと言える。むろん、我ら同志も大きな犠牲を払った。八月には「12・4勧進橋」闘争を戦った同志四人が不当にも逮捕され、多くの同志が涙をのんだ。今年一年の運動は、「12・4勧進橋」を基軸として展開されたといっても過言ではない。

 多くの批判も寄せられた。「ただの差別だ」「子供たちが可哀想だ」「そんな小さな事やっても意味がない」…こうした批判の多くは、現在の日本が抱える問題の本質を理解していない所から発せられる。これからの日本に起きるのは、紛れも無き民族紛争である。在日特権の主体は朝鮮人から支那人に移る。朝鮮人の築いた利権は、支那人への漁父の利の如く継承される。

 故に我々が日本人が、自らの存亡を賭して徹底的に戦わなければならないのは、日本国内に腫瘍やガン細胞のように広がらんとする、異民族社会そのものなのである。在日朝鮮人は減り続けたりとはいえ、約60万人。その内、韓国系の40万人が参政権を寄越せと騒げば、国論諤々。もし、80万に迫らんとする支那人が同様に騒げば如何。民族紛争は今静かに始まりつつあるのだ。

 我ら日本人は、こうした民族紛争に備えるべく、異民族社会の構築自体に対して、断固拒絶の意思を示していかなければならない。そしてそうした行動は大言壮語よりも、小さな事から着手するものでよいのだ。古き仏典に曰く、「意は盧遮那仏の頭頂を踏み行き、行いは幼児の足下を拝す」気概は孫悟空が盧遮那仏の頭を越えるぐらいの気持ちながらも、実際には幼児の足下をも見上げるような小さな事からコツコツと。

 小さな事から、時に迷いつ、口に檄を発しても、心中は悩みつ、それでも前に進んで行く。ただ一つの、日本を護るという大目標に向かって。運動とはそういうものではないだろうか。そういった意味で、我らの運動に大きな先鞭をつけてくれた、この12・4の義挙を心より讃えたい。


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12・4勧進橋児童公園奪還一周年デモの告知
勧進橋児童公園奪還一周年記念 在日特権粉砕デモ行進

【日時】
平成22年12月4日(土) 14:30集合 15:00出発

【場所】
神宮通公園(東京都渋谷区神宮前6−21 最寄:渋谷駅)
http://gmap.jp/shop-8881.html
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  by haigai | 2010-12-04 11:06 | 排害主義

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