新時代に“適応”する一歩

国難に立ち向う民族生命

「適応」できぬ種は絶滅する


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 先日、東京池袋で開催された「在日特権を許さない市民の会」の全国大会に出席させていただいた。全国より幹部の方々が列席し、日本中で展開されている運動の報告が有り、桜井誠会長から烈々たる年頭教書演説があった。「私は皆さんの道標として進むべき道を示して来た。会員にしても、ネットでご覧の皆さんも、そこから更に一歩を踏み出してほしい!」

 まさに押しも押されもせぬ指導者の風格と言葉で、参加者一同感動と決意を新たにしたものである。そうした桜井会長の演説を拝聴するうちに、筆者は桜井会長と初めて会った時の事を思い返していた。時に平成17年だから、もうかれこれ6年も経つのかと思うと、時の流れは早い。

 当時、桜井会長は東亜細亜問題研究会の代表という肩書きで、朝鮮近現代史の研究者といった感じ、大人しい印象であったのを覚えている。それから在特会の結成を経て、怒濤の運動があった。反日左翼との衝突、官憲との小競り合い、売国行政への糾弾、在日朝鮮人との対峙、そして仲間達の逮捕…およそ、他の運動団体が数十年かけて経験するような事を、わずか4年たらずの内に凝縮した激しいものであった。

 しかし、この闘いと経験こそが今の在特会をはじめ<行動する社会運動>を形成したのである。筆者は常々「人が運動をつくり、運動が人をつくる」と言って来たが、桜井誠会長ご自身もまさしく、これらの苦難に立ち向かって行く中で、まさに揺るぎなき指導者となったのであると思う。

 冒頭の言葉に戻るが、「一歩を踏み出す」——とは、自らが変わることである。一研究者であった桜井会長にしてもそうだし、この運動に参加する多くの人間もそうだ。「自分がマイクを握る事になるとは思わなかった」「自分が演説をするとは——」「この年になって運動に参加するとは思わなかった」と、参加者は口々に語る。皆、期せずして変わらざるを得ないのである。

 なぜか、国難と云う危機があるからだ。
 政治の機能停止、行政の腐敗、マスコミの極度な反日偏向、国家の統合性の喪失、学術界の祖国呪詛、朝鮮人の傍若無人、そして大量の支那人の流入……もはや、日本人の覚醒しない理由を探す方が難しい。否、これは「覚醒」というよりも、危機に対する「適応」といった方が正確だろう。



 集会も終れば居酒屋に席を移す。酒には焼き鳥が良く合う。この鳥たちのご先祖様が、実はあの恐竜だったのではないかと、最近の研究で指摘されている。一億年昔の地球上で繁栄を誇った恐竜は、環境変化に適応できず絶滅。その子孫が、いま居酒屋で僕らにパクパク食われているのである。

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 1億年以上前、恐竜の足下をチョロチョロ這い回っていたのが、哺乳類の祖先、鼠の仲間である。つまりは我々の“ご先祖さま”だ。まさか恐竜も、1億年後に自分達の子孫が、よりにもよってコイツらに食われる事になるとは思わなかっただろう。

 体の大きさ、力の強さ、牙がある、角がある、毒がある、というのは生物の本質的な強さではない。長い目で見たとき、生命の持つ本質的な強さは、環境の変化に逞しく適応できるかどうかが問われるのである。その結果が、いま僕らに居酒屋で美味しい酒の魚を提供してくれている。

 既存の政府体制、反日左翼から綺麗ごと右翼にいたるまで、時代の経過と共に利権分配集団として巨大化し、しがらみと旧時代の思考でがんじがらめになっている様は、まさにこれから化石となりゆく“恐竜”である。<行動する社会運動>、排害主義運動勢力は、いかに小なりと言えども、時代の必然性に基づき、必ず自然淘汰に打ち勝つ。

 しかし、この構造は日本人と支那人、朝鮮人などにおいても同様である。とにかく自らの論理を押し付け、日本に分け入り、利権をもぎとって行こうとする連中に対して、これまでの感覚で対応できないのは目に見えている。国家には核、社会には高度科学技術、心には神道信仰、そして大衆には排害主義、これこそが新時代に“適応”する一歩である。これらで新時代に“適応”できぬ日本民族は必ず淘汰される。


日本人の新時代への“適応”が問われる

時代に適応できぬ旧勢力を駆逐せよ!

排害主義で武装し支那人を淘汰せよ!



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  by haigai | 2011-01-12 11:51 | 排害主義

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