九州排害社結成のお知らせ

日本防衛の要衝九州に黒旗立つ!

列島を挙げて排害主義に邁進せよ!


d0178541_23521110.jpg


 世俗の報道と言論が東日本大震災一色に染めあげられている。我等日本人の目も、東日本ばかりに偏っている感が否めない。しかし、果して我々は目を東に注ぐばかり、西を見忘れる事が許されるのだろうか。日本人が目を東に注いでいる隙に、虎視眈々と邦土を狙う支那の存在がある。

 一度、救援の手を差し伸べられれば、感傷的に世界の皆が同胞、兄弟のように思い込み、一人悦楽に浸り、国際社会の冷厳なる現実より目を背けてしまうのは、日本人の悪癖である。支那は決して日本侵略の野望を放棄してはいない。日本人が国防の意識を忘却しているに過ぎない。

 四方を海に囲まれた日本は、時に海を防壁ともなしたが、海は時に侵略の回廊とも化した。その最たる例は、鎌倉時代の元寇である。大陸にて増長した元と、それに追従する朝鮮人どもが、我が国の九州北部に攻め寄せて来たのである。

 九州は実に我が国にとって国防の要衝である。大陸、半島からの侵略も、そして台風も、まず上陸するのは九州である。この度、我等排害社は、九州において新たに高々と黒旗を掲げ、九州排害社を結成し、より熾烈なる排害主義闘争の拡大を宣言する。

 関東、関西、九州に広がりし戦線が渾然一体となり、互いの連帯を固くし、以て祖国日本の真姿顕現、不逞反日勢力の排撃を目指して行く所存である。

九州は 八洲の楯と 奮い立ち
     大陸にらむ 黒旗ぞ立つ


d0178541_1537326.jpg
 

九州排害社発足宣言

 謹みて数多英霊と先覚烈士の御霊に伏して誓願する。長らく日本人は口をつぐみ目を閉ざし、黙して語らず、座して動かずを己が美徳とし、その内実を鑑みる事無く、自らの保身にばかり汲々として来た。これが果して美徳と言うに値したのか。

 あるいは、穏健、温厚、温和、柔軟、礼儀正しさなどを以て美徳と称する向きがあるも、これは一面の性質に過ぎず、換言すれば惰弱で弱腰な性質を孕んでいる事を意味する。戦後の日本は全てこれらの「美徳」の名を借りて構築されてきた事実を忘れてはならない。

 我等日本人の「美徳」に付け入って来た者は何者であったか。まずは連合軍に始まり、彼らが解き放った三国人たちと、その末裔・係累にあたる支那人、朝鮮人たちである。戦後とは支那人朝鮮人の増長と、日本人の敗退の歴史である。

 この九州の地は常に大陸と、そこから短刀の様に突き出した半島の侵略を、常に受け続けて来た土地である。我等の父祖は韓国によって一方的に設定された李承晩ラインにより、その命を玄界灘に奪われた。

 元寇文永の役においては、蒙古と朝鮮の連合軍は対馬に上陸し、漁民や婦女子が皆殺しにされ、女子供は手に穴を空けられ、数珠繋ぎのうえに大陸へと連れ去られた。対馬守護代であった宗助国は一族郎党をあげて元の大軍を前に、孤軍奮闘。力及ばず、ついに総員自決するに至った。これらの悲史を決して忘れてはならぬ。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるの謂いもあるが、今や日本人はこうした悲史を忘却し、続々と進む支那の侵略を既成事実として、淡々と受入れてしまっているのではないか。我等九州は実に大陸に対する日本の楯である。大陸から及ぶ侵略の警鐘を乱打する責務がある。

 元寇、黒船来航、日清日露、大東亜戦争、そして去年の尖閣諸島沖漁船事件にいたるまで、我等は目を常に大陸に向けて、警戒を怠ってはならない。福岡の筥崎宮には 亀山上皇が元寇の際に祈願された「敵國降伏」の御宸翰が掲げられている。まさに九州こそ攘夷の先駆け、導火線となって日本列島一帯の排害主義戦線を構築する。我等九州排害社は、大陸と、それに通じる国内亡国勢力へも強く睨みを効かせて行く所存である

皇紀2671年5月1日

d0178541_23552965.jpg


人気ブログランキング、応援クリックを!



反鮮バッチ&排害バッチ販売のお知らせ!
[PR]

  by haigai | 2011-05-01 00:39 | 告知

<< 反原発デモを渋谷で迎撃! 奉祝 昭和の日 >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE