なぜ日本には54基も原発ができたか?

無関心と自己中心こそが禍いのもと

なぜ日本には54基も原発ができたか?


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 3月11日の東日本大震災にともなう福島原発事故以来、日本全国津々浦々で「反原発」「脱原発」を叫ぶデモや集会が繰り広げられた。筆者ら排害社会員や、日本侵略を許さない国民の会の同志らは、何度も「反原発デモ」にカウンターを仕掛け、その圧倒的な数に驚きつつも抗議してきた。

日本にはこんなにも反原発派がいたのか!?

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 そしてついには菅直人総理大臣までもが、15日午前の閣僚懇談会で、個人の考えとしながらも「脱原発依存」を表明するにいたった。政治家たちも原発と自らの距離の取り方に必死である。それでも今後の日本に原発と原子力研究開発が必要であるという我々の姿勢は変わらない。問題なのは今、「反原発」を叫んでいる人間たちである。なぜこれほどまでに「反原発」「脱原発」がいるのに、日本には54基も原発ができたのか?

 現在日本には、北は北海道から南は鹿児島県まで、13道県に17か所の原子力発電所があり、54基の原子炉が存在する。これだけで4884.7万kWが発電され、日本の電力の約3割を賄っていた。日本は昭和三十八年十月二十六日に茨城県東海村で初めての原子力発電に成功して以来、ずっと原発を増設し続けてきた。この約五十年ちかくの間、いま巷を埋める「反原発派」はどこで何をしていたのか?

原発の電力供給を拒み、山奥で原始生活を送っていたのか?

そんな話しは聞いたこともない。

むろん、「反原発」を唱えていたプロの活動家たちもいた。

しかし、彼らは電力会社とどういう関係にあったのか?

原発ちかくのクラゲの数を数える仕事などを請け負い、莫大な金を電力会社からせしめていたではないか。

持ちつ持たれつの関係だったのだ。

「反原発デモ」を練り歩く人びとの姿は、山奥での原始生活の恰好ではなく、都市に暮らす人間の服装であった。彼らの圧倒的大多数は原発増設の約半世紀、何をしていたのか。「原発は危ない!」という声を聞き流し、「原発は安全です」「便利で快適な暮らしを送れます」という声に、曖昧に頷きながら、文明生活を送っていたのだ。それが3月11日の衝撃で、一気に「反原発」を叫び始める。あまりにもナイーブだし無責任だ。「暗黙の原発肯定」と「過剰なまでの反原発」には共通するものがある。無関心と自己中心だ。

 原発と良く似た存在として支那人がいる。きちんとコントロールできていれば、我々は便利で快適な生活を送れる。だから経済界の人間達や大学の経営者、政治家たちも支那人をいっぱい日本に受け入れようとする。「安価な労働力として必要だから」「学生数を確保するために留学生を」「これからは多文化共生の国際社会だから…」

 そう言われた国民の方も、たしかに居酒屋やコンビニ、牛丼屋で支那人が働いてくれてたら便利だよなぁ〜、観光客としていっぱい来てくれたら儲かるよな〜、それに国際社会だからなぁ〜…そんなものかと思って暗黙の同意をしてしまう。それで「支那人流入の危険性」を唱える人間に「差別だ」「排外主義だ」と冷ややかな視線を送る。

 もうお分かりだろう。日本列島に54基もの原発ができてしまった構造と、支那人が100万人ちかくも流入しつつある構造は、全く同じものなのだ。日本人の無関心と自己中心が支那人を日本列島に侵蝕させているのだ。原発と同じで、支那人もコントロールできなくなったら大変な事態になってしまう。世界の例を見るまでもなく、間違いなく民族衝突が起きる。

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 四年前の四月、イタリアのミラノでは支那人移民によって形成された「チャイナタウン」で、1000人規模の大暴動が発生した。これは駐車違反をした支那人女が逆上して警察官を殴り、連行されてしまった事に他の支那人達が逆上したものだとされる。他の国に行ってこんな事を平気で出来る民族が他にいるだろうか。プルトニウム級に危険な民族だ。しかも半減期がないから余計に厄介だ。

 無関心で自己中心な支那人受け入れが続けば、いずれ「反原発デモ」など比較にならないぐらいの「反支那デモ」が列島を席巻することになるだろう。しかしそうなってからでは、もはや遅いかもしれない。日本人の無関心で自己中心な性分を直さぬ限り、禍いは降り掛かり続けるだろう。



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  by haigai | 2011-07-15 17:32 | 排害主義

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