日本人のいる限り売国奴は必ず滅ぶ

日本人のいる限り

売国奴は必ず滅ぶ


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 昭和三十五年十月十二日、日比谷公会堂で開催されていた三党首立ち会い演説会において、壇上で演説中の日本社会党浅沼稲次郎委員長が、突如壇上に躍り出た青年によって日本刀で刺殺された。浅沼は、ほぼ即死で搬送先の病院で死亡が確認された。この浅沼を一撃のもとに屠った青年は、元大日本愛国党員の山口二矢烈士。当時わずかに十七歳であった。

 そのわずか半月後に、山口烈士は東京鑑別所において、獄壁に「七生報国 天皇陛下万歳」と遺して自決。この義挙から壮烈なる自決にいたる流れは、日本人の眼を覚醒させるに足る衝撃的なものであった。この事件の直後、山口烈士が所属していた大日本愛国党の総裁である赤尾敏先生は、この挙について、「日本民族の血の叫びであり、日本生命の発露であり、天地正大の気が時によつて煥発するという、このひとつのあらわれだ」と言っておられる。まさに、日本民族の生存本能が表れたものであったと思う。

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 山口二矢烈士自決より五十一年の十一月二日。烈士の眠る青山の梅窓院を訪れた。

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 午後の少し遅い時間に訪れたが、事件から五十一年がたった今でも、墓前にはあふれんばかりの供花と線香が供えられていた。烈士亡きあとの半世紀、愛国者は「テロ」というものにいかに向き合って来たか。先のアメリカによるアフガン戦争にあたって、「反テロ」を掲げて米国追従をなした保守派もいれば、「山口烈士の精神継承」を謳って、何もしないできた右翼民族派もいる。

 「ならばオマエはどっちなんだ?」と問われれば、筆者は後者の部類だろう。勇気なき事の故、実に恥ずかしきことである。しかし、法律論を掲げてテロを否定してみせるのも、表層的な「精神継承」を言ってみせるのも、どちらも共に「きれいごと」である。

 山口二矢烈士は、取り調べで「君の人生観は如何なるものか?」との問いに対して次のように答えている。


「私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れるものであります。その時、富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、たとえ富や権力を得なくても、自己の信念に基づいて生きてきた人生である方が、より有意義であると信じています。自分の信念に基づいて行った行動が、たとえ現在の社会で受け入れられないものでも、またいかに罰せられようとも、私は悩むところも恥ずるところもないと存じます」

 その山口烈士は「七生報国」の言葉を遺して、現世より去られた。山口二矢烈士が七度生まれ変わるというのは、架空の観念ではない。山口烈士のごとき精神を引き継ぐ日本人が、何度も何度も現れて来るという意味である。山口烈士は千人にも万人にもなって現れるのである。

 十一月二日、梅窓院の山口烈士の墓前の線香は絶えることなく燃え続けていた。その煙は必ず売国奴どもの鼻先に届くことであろう。日本人のいる限り、売国奴に安住の地はない。



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  by haigai | 2011-11-03 22:13 | 排害主義

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