つくる会が「極右」と言われた時代があった

鳥肌実の芸が物議を醸し、

つくる会が「極右」と言われた時代があった


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 みなさんは覚えているだろうか。今から16年前の平成8年に「新しい歴史教科書をつくる会」が結成された。従来の東京裁判史観にもとづいた歴史教科書の自虐的な記述を批判し、教科書の改善をこころみる運動だった。活動は教科書の制作と、講演会と議会への請願といった極めて平穏で、良識的なものだった。ところが、この「つくる会」が「極右」と批判されたのである。

 「つくる会」結成から五年後の、平成十三年におこなわれた教科書採択に際しては、日本国内の極左組織から在日外国人団体までが、大掛かりな反対運動をおこなった。その過程で、「つくる会」の事務所が極左過激派によって放火までされている。

 当時の事を、公安調査庁は冊子『内外情勢の回顧と展望』において、「内外の労組、市民団体や、在日韓国人団体などと共闘し、全国各地で教育委員会や地方議会に対して、不採択とするよう要求する陳情・要請活動を展開した」と記述している。その実態たるやひどいもので、教育委員会の人間の家に嫌がらせ電話をかけたり、議会に乱入したりの大騒ぎであった。わずか十年前の日本は極左と朝鮮人の横暴だけが罷り通り、愛国者は沈黙していた。

 現在の日本も異様だが、当時の日本がいかに異様であったか、当時の報道を見ればわかる。平成十二年に当時の森喜朗総理大臣が「日本は 天皇を中心とした神の国」と発言しただけで、マスコミは蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、森総理を退陣まで叩き続けた。同年には石原慎太郎都知事による「三国人」発言も、ボロクソに批判されている。「世論」とは反日マスコミのつくるプロパガンダであった。

 そして同時期、いわゆる「右翼芸」をやる鳥肌実氏の芸が、新聞や雑誌で物議を醸していた。「朝鮮人は日本から叩き出せ」「創価学会はカルト」「核武装三原則は持つ、撃つ、勝つ」など、面白いネタが満載だった。鳥肌氏のライブには、入場料を払って大勢の若者が集まっていた。タブーを揶揄するキワドい芸がウケていたのだ。

 さて、「つくる会」が「極右」とレッテル貼りをされ、鳥肌氏の芸風が物議を醸していた時代から十年が経った。今年から中学校歴史教科書から「慰安婦」の記述が削除される運びとなった。名古屋の河村たかし市長が「南京大虐殺はなかったのではないか」と発言しても、以前のような大バッシングをされる事はなくなり、支持する世論が増えている。「極右」と呼ばれるのは、「つくる会」から弊社や在特会に移った。

 そして、去年の八月十五日には、反天連を迎え撃つ愛国者の大群衆の中に、鳥肌氏が参加して朝鮮人排撃の演説をおこない、盛大な拍手喝采を浴びていた。「ようやく時代が鳥肌に追いついた」「時代が芸を追い越した」と言われたが、まさにその通りだと思う。

 「日本で排害主義は絶対に台頭しない」というのは左翼連中の希望的観測である。いまや反日分子どもを包囲し、進撃するデモ隊の隊列には、「つくる会」も鳥肌実も知らない人間がいっぱいいる。やがて、弊社や在特会などの「行動する保守」や、既存の保守団体、右翼民族派団体も知らない人間たちが続々と現われるだろう。

 かつて、朝日新聞を襲撃した謎のテロリスト赤報隊は消えたが、国民のマスコミに対する考えは、赤報隊の望んだ方向に向かっている。「つくる会」の教科書採択率は低迷し、組織は内紛と分裂を続けたが、我が国の教科書は全体的に「つくる会」の意図した内容に近づきつつある。時代の流れとはそうしたものであり、最前線の活動家とは、新たに産まれる新時代の“助産婦”のようなものでしかないのかもしれない。

 やがて、「排害社が極右とか言われてた時代もあったなぁ」「あんなゴミ掃除ぐらいしかしないキレイゴト団体が…」と言われる時代がくるだろう。民族には形状記憶合金のように、あるべき姿に還る本能が備わっているように感じられる。十年前との世論の変化から、これからの日本の先行きを考えるべきだろう。——排害主義は必ず台頭する!



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  by haigai | 2012-04-02 17:54 | 排害主義

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