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脱原発のウソと犯罪

脱原発のウソと犯罪

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 著者 筑波大学名誉教授 中川八洋

 発売日: 2012/02/08
 頁数: 288ページ
 出版社: 日新報道
 定価: 1680 円
 ISBN: 978-4817407375

 第I部 原発“集団ヒステリー”扇動と菅直人の大犯罪
 第一章 菅直人“放射能恐怖”心理戦に洗脳された日本人
 第二章 武田邦彦の大ウソ、小出裕章の巨大ウソ
 第三章 “世界一の長寿地帯”となる福島県
 第四章 日本の「脱原発」を狙うコリアンのポスコロ革命

 第II部 原発の推進しか、日本の生存はない
 第五章 「自然エネルギーをやれば大丈夫」は、日本経済を破局に誘う“甘美な魔声”
 第六章 「ドイツはドイツ、日本は日本」
 第七章 「脱・原発」で確実な、日本経済の衰落と縮小
 第八章 脱原発を叫ぶ“福島瑞穂のペット”西尾幹二

————————————————————————

 来る日も来る日も、新聞やネットを見ても「脱原発」がひしめいている。石を投げれば脱原発派にあたる。「風力発電や太陽光でやればいい」なんて思いつきのような話が大声でまかり通っている。斜陽タレントや売れないライターも脱原発を叫べば時の人だ。

 死に体で棺桶に片足を突っ込んでいた左翼ジジイ&ババアも、放射線のおかげで、すっかり元気になってしまった。「高い放射線」が降り注いでいるはずの東京を、ワッショイ、ワッショイとデモ行進に励んでいる。「被爆した〜」と、悶え苦しむなら分かるが、経産省や東電に乗り込んで元気ハツラツじゃないか。

 それにしても311の原発事故は、日本人の異常なまでの核アレルギーを露呈させた。武闘派で鳴らす極左暴力集団から、インテリ気取りポチ保守や、反米右翼までもが、放射線に恐れおののき、一緒に抱き合ってすくみあがってしまっている。狂人走れば不狂人も走るというが、これはひとつの「原発アノミー」とでも言うべきものだ。大東亜戦争の敗戦直後、一夜にして自称「民主主義者」「平和主義者」が大量発生したのと同じだ。

 右や左が怯えきった顔で悲愴な「脱原発デモ」をトボトボ歩く横で、来日した支那人観光客たちが放射能などわれ関せずで、元気に観光して日本のものを食べまくっている。ちったぁ支那人の爪の垢でも煎じて頂戴したほうがいい。実に情けない。

 これほどまでに日本を覆った狂気とでもいうべき情けない状況を眺めた時、本当の「勇気」とは何なのかを考えさせられる。「脱原発」の“空気”に覆われてしまった日本に、「脱原発デモに参加する勇気」なんてものは存在しない。その空気を打ち破り、「脱原発」のウソと欺瞞を決然と指弾する事こそが勇気だろう。

 日新報道から刊行された中川八洋筑波大学名誉教授の最新刊『脱原発のウソと犯罪』は、放射能ヒステリーから「脱原発」に踊らされる日本人を「知的に劣化した非科学の下僕」とバッサリ。科学的原子論からエネルギー政策、核武装までを持ち前の毒舌と博識で論じきっている。

 中川氏は冷戦時代から一貫して、原発推進・核武装実現論者である。ここ最近、北朝鮮の核開発をみて「日本も核武装の検討を…」と言い始めたような保守派とは、年季も気合いも見識も違う。核兵器さえあれば日本は絶対に大丈夫とする安直な核武装論には与せず、「核兵器は、国防の万能薬ではない」として核戦争になっても、核を恐れない国民精神を説いている。

「今般の原発の事故は、日本が核保有国へと成長するために日本が天から賜った試練・演習だ」といった気概を持たなければならないと指摘する。これには全く同じ思いだ。本ブログも3・11原発事故直後に、「日本が取るべきは、この原発事故を“奇貨”として、国民の『核アレルギー』を克服することである。」と書いている。核を恐れる者は核によって滅ぼされるのだ。

「脱原発」の横行に一撃を刺す快書!


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  by haigai | 2012-02-13 13:28 | 書籍・雑誌

『支那人の日本侵略』書評

『支那人の日本侵略』書評

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 先般刊行されました、『支那人の日本侵略』(日新報道)に対しまして書評をたまわりましたので、こちらに紹介させていただきます。また、書評をくださった皆様に対しましては、略儀ながらこの場をもちまして深く御礼を申し上げます。



 支那問題を中心に評論、健筆をふるわれる宮崎正弘先生のメールマガジン「国際ニュース・早読み」の10月6日配信において、ご紹介いただきました。



金友隆幸『排害主義者宣言 支那人の日本侵略』(日新報道)
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 中国人の日本定住者が百万人を超えるのは、おそらく時間の問題である。鳩山元首相は『日本列島は日本人だけのものではありません』と国民の迷惑を顧みずにしゃあしゃあと宣言したのだから。
 この間違った方向を真っ向から阻止せんとする政治家が不在となって、日本の無様さはいまや醜悪である。
だから、これまでにも、チャイニーズタウンとして知られた池袋北口、上野、大阪はもとより、コミュニティが在日中国人に乗っ取られた地域が目立つようになった。
 そのいずこへも著者らは突撃し、シナ人の横暴、不潔、えげつなき法律破りを訴えてきた。
 排外主義ではない。排“害”主義である。
つまり「害」=「毒」を取り除かなければ日本は中国人と朝鮮人の不逞の輩に汚染されてしまうぞとキャンペーン活動に熱心は著者らの原点を紐解く。
 キャンペーンで著者らが歩いた場所は池袋北口、埼玉県芝園団地、大阪門真とミナミ、福岡等々。
 大宮デザイン専門学校では、おどろくなかれ、バングラデシュ、中国などからの留学生ばかりで日本人学生はゼロ! しかし、この学校は文科省から補助金300万円を受け取っていた。
 生活保護を貰っている在日外国人も夥しい。われわれの血税が、こうした「害」人(ガイジン)に費消されている。こんなことで果たして良いのか? 現場でキャンペーンをつづける活動家の熱涙あふれる啓蒙の書となっている。




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 維新政党・新風のメールマガジン「週刊WIN」の10月15日配信号において、ご紹介いただきました。

驚くべき実態 ― 支那人の脅威 

高野義徳

わが党の若き同志である金友隆幸氏が、『支那人の日本侵略』という一書を上梓した。著者の金友氏は共同体を守る新しい政治思想として「排害主義」を説き、新攘夷運動を標榜する《排害社》を主宰している。

本書では、東京の池袋や上野、埼玉県・芝園団地、大阪、福岡など全国各地で増殖し続けるチャイナタウンの実態、生活保護、不法就労などといった犯罪を行う在日支那人の無法さ、さらには支那人の間接侵略を助長する売国日本人の動きがリアルに描かれている。実を言うと、本書は邦訳版で『支那人の日本処世術』という原書が存在するのではないのか。そんな疑いさえ湧いてくるほど、詳細にまとめられた支那人の生活ぶりには驚愕せざるを得ない。また、支那人に乗っ取られかけた街で、彼と排害社の仲間たちが「排害」するさまも克明に記録されている。彼一流のユーモアもふんだんに盛り込まれており、非常に読みやすい。分かり易く「ユダヤ人の害悪」を指摘したヒトラーのように。

支那人の日本侵略、それは中共の国防総動員法が示すまでもない。それは「正規戦」ではなく、「非対称戦争」なのだ。ありとあらゆる分野・レベルで侵略が企図されている。しかも、日本側に「内通者」が存在するのだ。参政権を付与せんとする政治家、生産設備という「人質」を取られた財界人、ODAのおこぼれに与ろうとする官僚、これら我が国の政官財に巣食う「敵」を炙り出し、殲滅せねばならない。同じ日本人だからと看過するような態度ではなく、「支那人と同じく、彼らも敵である」という峻厳な態度で臨まねばならないのだ。

読み終えた頃には「排害主義」を批判する言辞を失いそうになる。しかし、人の思想は弁証法的に成長しなければならない。排害主義者ではなくとも、「排害主義」への評価を自ら持つことで自己の思想をより強固なものと出来るだろう。

「外部から国家民族の共同体にもたらされる害悪を排除し、共同体を守ろう」という「排害主義」運動は緒についたばかりだ。その行方に大きな期待を込めて本書をお奨めしたい。(たかの・よしのり)新風福岡




書評をいただいた皆様ありがとうございました。



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『支那人の日本侵略』 刊行!


10月22日村田春樹独演会


10月23日池袋清掃活動のお知らせ
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  by haigai | 2011-10-16 20:17 | 書籍・雑誌

『支那人の日本侵略』刊行!

排害主義の台頭へ、また一歩

『支那人の日本侵略』刊行!


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 この度、弊社代表である金友隆幸の新著『排害主義者宣言 支那人の日本侵略』(日新報道)が刊行される事になりました。まさかこのような本が世に出るとは思ってもみなかった事で、著者自身が一番ビビっています。最初、出版の打診があった時は「遅れてきたエイプリルフール」かと思ったそうです。そして、「こんな物を世に出さざるを得なくなったのも支那人のせいだ」と恨み言を呟いているようです。

 さて、内容ですが7〜8割がた書き下ろしになりました。池袋や上野、芝園団地や大阪、福岡など支那人によって侵蝕された街の実態から、支那人のやり口までをルポしてます。そして、一年以上にわたって支那人と直接対峙してきた、排害社の活動を踏まえ、支那人といかに戦うべきかを書かせていただきました。

 この本は「排害主義」を公然と標榜しているだけでも日本の歴史上初の本でありますが、表題と本文にわたって「支那人」と明記している点でも戦後初の本となりました。多くの「中国本」が書店を賑わす中、唯一の「支那人排撃論」です。おそらく新聞・雑誌での広告が掲載できないでしょうが、構うところではありません。

「排害主義なんか過激だ」「時期尚早だ」「時代錯誤だ」「日本人には馴染まない」…そんな幾千万の批判を甘受しながら、強い信念で共に歩んで下さった同志たちの努力の結果による、排害主義台頭への大きな一歩だと思います。

 本書を書くにあたり大勢の方々からのお力添えをたまわりました。関東を中心とした排害社運動のみならず、関西排害社のご協力により、大阪での取材・調査が無事にできました。九州の同志たちには様々な資料の収集をしてもらい、本のタイトルや構成までお知恵を拝借しました。本書あとがきにも記したのですが、本書の本来の「著者」とは筆者と共に闘争の旗を握った全ての同志だと思っております。皆様にはこの場を借りて、略儀ながら御礼申し上げます。

 同憂同志の皆様におかれまして、是非とも本書を書店やインターネットのアマゾンセブンネットショッピングでご注文いただくか、地元の図書館にリクエストしてください。また各種保守系団体の集会の書籍販売コーナーにてお買い求めいただける予定です。

 反日左翼の皆様におかれましては、批判、嘲笑、黙殺、焚書、不買運動など、どれをして頂いても大いに是とするところでありますが、出来れば青少年若者が「排害主義」に触れないためにも、“買い占め”をおすすめいたします。

 そして、支那人の皆様におかれましては、必ずや爆発する海賊版をつくってくれる事を生暖かく期待しています。


金友隆幸 著
『支那人の日本侵略』
B6版 242頁
定価1500円
発行所 株式会社日新報道
ISBN978-4-8174-0730-6




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  by haigai | 2011-10-05 14:52 | 書籍・雑誌

国体文化9月号

日本国体学会機関誌

「国体文化」9月号に代表が寄稿


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 「国体学」を提唱され、国体研究の泰斗とも呼ばれた里見岸雄先生の創立された日本国体学会の機関誌『国体文化』9月号に、弊社代表金友の寄稿が掲載されました。

 『国体文化』は、我が国の国体研究を第一義とされながら、大東亜戦争、昭和史などの歴史、外国人参政権や地域主権など、国家の在り方をはじめ、周辺諸国と我が国との在り方を論及する雑誌です。今回の9月号は「満洲・尖閣・支那特集」と銘打って、金友の「『美徳』を捨ててでも支那人と対峙せよ!」が掲載されています。池袋などで進む支那人の人口侵略の実態と、我々はいかに立ち向かうべきかを書いたものです。

国体文化9月号 皇紀2671年 通巻1048号 目次
巻頭言・国家の安危は政道の直否にあり
満洲とはなんだったのか  立命館大学文学部教授 北村稔
中共との経済交流を見直すべし 里見日本文化研究所主任研究員 金子宗徳
「美徳」を捨ててでも支那人と対峙せよ!  排害社代表 金友隆幸
興亜偉人伝⑨大川周明 現代史研究家 田中秀雄
時事風刺 首相を辞めても献金問題は残る 小川主税
論壇瞥見 謀略に利用された「國語改革」 井上寶護
御製講座 竹中正安
日蓮聖人のおはなし 駒井達生


 ご興味のある方は日本国体学会まで。



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8月27日池袋清掃活動のお知らせ
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  by haigai | 2011-08-27 13:17 | 書籍・雑誌

進撃の巨人

諌山創氏の漫画『進撃の巨人』

現代日本へのメタファーとして読み解く


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 進撃が続いてる。諌山創氏が『別冊少年マガジン』(講談社刊)で連載している『進撃の巨人』だ。二回も連続で講談社の本を紹介することになったが、別に本ブログは講談社の回し者ではない。この『進撃の巨人』は、宝島社が毎年年末に発行する『このマンガがすごい!2011』のオトコ編の1位に輝き、先日の5月12日には、第35回講談社漫画賞少年部門にも選ばれた。他にも様々場所で激賞されている漫画だ。

 大型書店で、本書のグロテスクなまでにド迫力の看板をご覧になった方も多いだろう。キャッチコピーも強烈だ。「手足をもがれ、餌と成り果てようと、人類は巨人に挑む!!」

 人間にとって、様々な恐怖があるが、中でも「自分」が捕食の対象になるというのは、かなり恐ろしいものがある。日本人はゴジラからエヴァンゲリオンにいたるまで、自分の力ではどうする事も出来ない“大きな存在”との相克の物語には馴らされているはずだったが、それにも関わらず、この漫画は鮮烈なまでに強い印象を読むものに与える。

 舞台は架空の中世ヨーロッパを模したような世界。そこにある日、突如として巨人があらわれる。その巨人たちは手当たり次第に、人間を食べて食べて、食べまくって、食い尽くす。その描写が、また何ともリアルなのだ。巨人に追いやられ、人類は高い城壁に囲まれた都市の中に逃げ込む。そこで壁に囲まれながら、平和な時代を100年以上も謳歌する。

 そんな平和がいつまでも続くだろうと、誰もが思っていたある日、50メートル以上の壁を超える、“超大型巨人”が出現。壁は蹴破られ、巨人たちが続々と中に侵入。再び悪夢の人類と巨人の戦いが始まる——というのが大体のあらすじである。

 実際に読んでみれば、それぞれ違った印象をお持ちになるとは思うが、このあらすじだけを見れば、幕末と現在の日本に極めて似た構造が、物語の背景となっている。蒙古襲来から戦国時代を経ての、徳川時代の200年以上にも及ぶ平和と、それを打ち破ったペリー来航がそうであった。それを現在に置き換えれば、欧米列強の侵出と大東亜戦争の敗戦、そこから続く戦後の「平和」がそれである。

 では、その太平の眠りを覚ます者とは何か。——このブログをご覧の方ならば、釈迦に説法かもしれないが、支那の膨張と対日侵出がそれに当たる。支那は第二次世界大戦後、チベットやウイグルなどに侵略し、それぞれの民族を虐殺。南シナ海から、台湾や我が国の沖縄にも食指を伸ばしている。そして、奇しくも支那人は『進撃の巨人』作中に出てくる巨人と同じく、人を喰らう習慣を持っている。

 日本は戦後、ずっと戦乱からは、ほとんど無縁の「平和」の中にいた。それは、保守から見れば「日米安保」という“壁”であり、サヨクから見れば「憲法九条」という“壁”であった。しかし、今や支那人は、中国共産党一党独裁のもとに、グローバリズムと結合し、多弾頭核兵器までをも装備し、14億に迫らんとする人口を世界中にまき散らしている。日本人が信じて来た“壁”は、とっくに崩れ去りつつあるのだ。

 さて、話しを本書に戻して少し“ネタバレ”を書いてしまうと、人類は必死に巨人に立ち向かって行く。数多くの兵士たちが、次々に巨人の胃袋におさまっていく。そして、遂に人類は巨人に対抗する術の糸口を掴む——。それは人類自身が“巨人”となって、巨人と戦うのだ。

 これを単純に、日本のロボット物や戦隊ものに見られる単純な「巨大化」と見なすのは早計である。相手の持つ特質を取り込んで、相手と対峙する事を意味している。幕末の日本が、迫り来る欧米列強の近代的な武器や兵制を学び取り、欧米列強と渡り合える明治政府をつくりあげた事と一緒である。

 日本人はサヨクが言うのとは、また違った意味で長らく支那人を軽んじて来た。「大した国ではない」「遅れた後進国だ」「すぐに崩壊する」と思い、支那人の持つ強い二面性を見過ごして来た。支那は大躍進政策で自国民数千万人を餓死させる傍ら、1964年に爆縮式の原爆実験に成功している。

 日本の保守派の一部は、我等の運動を指して「支那人と同レベルになる」などと言って批判する。しかし、それは現実に照らせば、全く見当違いな批判である。恐れるべきは「支那人と同レベルになる」ことではなく、「支那人と同レベルになれない」ことである。

 核兵器などだけではなく、冷徹なまでに国益を分析し、権益を確保せんとする政府と、自国のためには暴動をも起こして相手国を畏怖させる国民性である。いまの日本が支那から学び取るべき事は余りにも多い。そして、日本人が支那人の行動様式をツールとして使えるようになった時、日本人の“進撃”が始まるだろう。

 まぁ、そんな牽強付会な排害主義者チックな書評に、ゲンナリされる向きもあるとは思うが、『進撃の巨人』の作者である諌山創氏は若干23歳の新人である。日本が昭和から平成に代わる時代に生を受けた人間が、こうしたメタファーに富んだ作品を世にあらわしたところ、何とも言えない歴史の妙味を感じさせられてしまう。


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  by haigai | 2011-06-01 13:09 | 書籍・雑誌

講談社 g2 vol.7 徹底批判 在特会とネット右翼

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 紹介が少し遅くなってしまった。講談社の『g2』という雑誌のvol.7にジャーナリストの安田浩一氏の「徹底批判 在特会とネット右翼」と題された記事が掲載されている。在特会を中心に、いつもの運動でお馴染みの面々が、直接取材を受けて登場しているので、面白い読み物に仕上がっている。弊社も取り上げられている。

 在日特権を許さない市民の会から、NPO外国人犯罪追放運動や関西の仲間たちが取り上げられている。むろん、批判的に紹介されているのだが、普段触れ合っている仲間であっても、1人の人間には、色んな顔や歴史があるものだと感慨深く思った。安田氏の実直な人柄のなせる業だろう。

 けれど、一読して、「ネット右翼」とは一体なんなのかとも思わされてしまう。出て来る人間、皆十人十色だ。別に検定試験があって、それに合格して資格を取ったから名乗る物でもない。「日本ネット右翼協会」なんてモノがあって、加盟して会費を払って、「ネット右翼」と承認されるワケでもない。

 そもそも、「右翼」とは何なのか。こうした雑誌や新聞の「ネット右翼」企画には、必ず「右翼」がセットで出て来て、雑誌の主旨に同調しながら、「ネット右翼」や在特会を指して、「あんな物言いはよくない」とか「あれは右翼ではない」と、お決まりのコメントをするのが、最近のトレンドと化しているが、「右翼」とは何なのか?

 その「右翼」だって、ネットを使えば「ネット右翼」とも言えるだろうし、「ネット右翼」だって、ネットから実践活動に出て来れば、「右翼」と言うことも出来る。それを一体誰が決めるのだろうか。いま日本に起っている新たな“芽生え”を、時代の“空気”が、古い言語で無理に定義しようとするかのような感じを受ける。

 例えば、排害社のように、市民団体とも、ネットウヨクとも、右翼団体とも、あるいは単なるキチガイの集団なのか分からない者もいる。そんな既存の枠組みや定義を離れた団体や個人は、今後ますます増えて行くと思われるが、それを無理矢理に既成観念に押し込めて語るには限界があるだろう。

 さて、本誌の中から排害社に関する所だけを紹介させていただくと、

「私は排害社が主催・協賛するデモや集会を何度か目にしてきた。受けた印象は最悪である。」

「文字通り排外的なメッセージを叫びながら繁華街を練り歩く隊列はヒトラーユーゲントを連想させた。」

「彼らは排外主義であることを堂々と主張する正真正銘のファシストだと思った。」

 普通の市民団体ならば、カンカンになって怒っているかもしれないが、弊社の会員と支援者たちは、これを大いに喜んだ。その主張するところ、その手段や様式にいたるまでを、徹底的に批判される事は良い事である。悪名は無名に勝る。

 毛沢東曰く、「敵によって反対されないのは、われわれにとって、よくないことだ。きっと敵と同じ腐敗におちこんでいるのだ。もし、敵によって反対されたら、よいことだ。敵と一線を画していることの証明だ」

また曰く、「もし、敵が躍起になって反対し、われわれのことを、めちゃめちゃだ、一つも正しいところがないと言って攻撃してくるならば、これはもっとよいことだ。敵と一線を画している証明であるばかりではなく、我々の工作が立派な成績を上げている証明でもあるのだ」

 同様の理由で、行動する社会運動も全体的に成功であったと思う。新聞、雑誌、テレビを使い、左右両翼から批判される。いまだかつて無い事だろう。もし批判をされないならば、どうやって敵方から批判されるか反省が必要である。

 記事中、安田氏の取材に対して、弊社代表は「…本当の変革者というのは市民の中からこそ生まれてくるのだと確信しました」と答えているが、この言葉には続きがある。「変革者は市民の中から生まれてくるが、変革者は市民ではない」という事だ。市民の感覚に立脚しながらも、その市民の立場に安住しない人間でなければならない。

 先に「右翼」とは何か?と問うた事とも通じて来るが、大日本国民党を率いられた荒原朴水翁は、「右翼」について、次の様に説いている。
「時世に媚びず、俗に流れず、権に屈せず、利に走らず、虚名を追わず、悪名を甘受し、起っては斬奸の剣を振るい、飄々孤高の祖国愛に生きるもの、これを真の右翼と言う」
 これに当てはまらなければ右翼に非ず、というわけではないが、一面の特徴を指摘されていると思う。

 悪名を甘受するどころか、本誌の批判を進んで喜んだ弊社会員たちもそうだが、官憲の弾圧覚悟、敵方の批判承知で、果敢に行動する社会運動に参加する者は後を絶たない。むろん、挫折する者や、去って行く者、おかしな者もいる。あるいは筆者自身がそうかもしれない。けれど、その流れをいつまでも「ネット右翼」と断じ続ける事はできないだろう。

 日本はいま激動の時代を迎えている。当の「右翼」が「虚名を追って、悪名を恐れる」かのように、左翼新聞に追従するようなコメントを垂れ流す傍らで、草莽の国民たちが「悪名を甘受し」て立ち上がる。そんな同時代史のコントラストと深部を、安田浩一氏は地道な取材で描き出しているのかもしれない。



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  by haigai | 2011-05-05 00:52 | 書籍・雑誌

反体制右翼マガジン『デルクイ』

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「今ふうの在特会的な路線には乗れないタイプの右翼と、今ふうの「生きさせろ」的な路線には乗れないタイプの左翼と、さらには「ファシスト」を主要執筆陣に据えてお届けする“反体制右翼雑誌”、その名も『デルクイ』」編集者は四年前の都知事選挙で一躍“時の人”になった「有権者諸君!」でおなじみの外山恒一氏。それだけに多彩な執筆陣が集まっている。

 この本の創刊記念のトークセッションが去年の六月二十二日に東京の阿佐ヶ谷ロフトで開催され、排害社結成直前の弊社代表金友も登壇している。その時、共に登壇したのは外山恒一氏、藤村修氏、大石規雄氏、佐藤悟志氏、伊藤秀人氏、絓秀実氏、千坂恭二氏らであった。

 この時に話題となったのは、 天皇論、ファシズム論、革命論と「在特会論」であった。 天皇と革命に並ぶまでに在特会というものが、思想や運動に携わる者にとって巨大な課題になった事を強く印象づける出来事でもあった。在特会の活動方針や、運動をめぐる些細な事を揚げ足取りをするものではなく、あくまでも「在特会」に表象される現象的な流れが話題となった。

 印象的だったのは、「新右翼」の立場に立脚する大石氏、藤村氏が在特会に批判的であったのに対して、新左翼の共産同戦旗派の活動家であった佐藤氏と、元法政大学黒ヘル・ノンセクトの中川文人氏が在特会擁護論を唱える。このあたりの“ねじれ”に、現代という物がいかに時代の“再編期”であるかを表わしている。

 またアナキスト出身の思想家である千坂氏からは、「中国の一番のガンは共産党じゃないんです。中国の民衆なんですよ」と、弊社代表と全く同様の指摘が飛び出すなど、見る者、読む者の“予想”を裏切る展開続出で、非常におもしろいつくりとなっている。目次は以下の通り。

本誌創刊記念トーク・セッション
in 阿佐ヶ谷ロフトA 2010.6.22
外山恒一(司会)/藤村修/大石規雄/佐藤悟志/金友隆幸/伊藤秀人/すが秀実/千坂恭二

がんばれ!! 新右翼 Sさんへの手紙
外山恒一

保守≠右翼
大石規雄

「大きな物語の終焉」……「大義」はどこへゆく?
藤村修

貧困業界の王妃たち
佐藤悟志

鼎談 博多梁山泊
小野俊彦/外山恒一/藤村修

シリーズ・外山恒一をどうとらえるか 1
待機主義者の薄っぺらい絶望
小野俊彦

グローバリズムと対峙するために
金子宗徳

“ファシスト?詩人”エズラ・パウンド
三浦小太郎

外山恒一、旧い同志と語る
第1回 今川修二

日本は天孫降臨以来の革命国家である
八紘一宇のナショナル・ボルシェヴィズムへ
千坂恭二

特別寄稿 追悼-スニーカーミドルの爆烈弾:牧田吉明
牛嶋徳太朗

スパイ論序説 国民戦線下の左派 すが秀実

これが本場ソ連の共産主義だ!
中川文人

何が可能なのか 「自虐的」左派と「他罰的」右翼をのりこえ、国際主義的アナキズムと地域コンミューン主義へのラディカリズムのための覚書
宮沢直人



 25歳から60歳以上まで、左右やその枠組みを超越した様々な思想家、活動家が集まって綴った異色の本に仕上がっているので、興味のある方は是非。


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  by haigai | 2011-03-02 13:41 | 書籍・雑誌

中国を拒否できない日本

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「いま起きていることは、近代以降、私たち日本人が初めて直面する事態なのである。」
 関岡英之氏の『中国を拒否できない日本』(ちくま新書)は、現在我が国に降り掛かりつつある事態を、このように書き出す。では、この史上未曾有の事態とは何か。端的に言うならば、——支那の史上最大の膨張——である。それは政治、経済、株式、資源、産業、軍事からコンビニの店員にいたるまで、あらゆる場面で我々日本人が逃れる事のできない存在に肥大してしまった。

 およそ東京都内に住んでいれば、友達と会わない日こそあれ、支那人を目にしない日は少ない。すでに都内在住の支那人は十五万人を超え、日本全体では八十万人に迫る勢いで、我が国最大の民族集団を形成している。これは今まで最大勢力であった在日朝鮮人を既に抜き去り、今後も激しい増加の兆しを見せているのだ。

 自分が本書を知ったのは、去年の暮れにあった関岡氏の講演会である。演題は「日本の真の独立は 米中二大覇権国のはざまで」といったもの。今まで『拒否できない日本』など、アメリカの内政干渉の如き対日圧力を調査し、健筆を振るって来た関岡氏の事から米中の事を半々話されるのかと思いきや、始終支那問題を熱く語られていたので、とても印象に残っている。

 関岡氏は鋭敏な感性と、“オープンソース”への入念な取材で、時代を先取りした警世的な書を著して来られたが、今回は支那に的を絞ったのは、ひとつの時代の流れとも言うべきか。

 そもそも、関岡氏の問題意識は平成20年4月の北京オリンピック聖火リレーが長野で行なわれた時にさかのぼる。当時、チベット問題に端を発し、世界中で轟々たる批判と抗議が殺到する中、「聖火」は世界中を駆け巡った。

 聖火リレー当日、長野市内は五星紅旗の大群衆に埋め尽くされた。支那人が日本人に怒声を浴びせ、暴行をふるう。まさに長野が北京か上海にでもなってしまったかのような情景であった。この事件を関岡氏は「長野赤旗氾濫事件」と呼び、「中国政府が、日本に在留する自国民を組織的に動員して、日本の主権下でこれほど大規模な示威活動を公然とやってのけたのは開闢以来初めてではないか」と指摘し、第二、第三の「赤旗氾濫事件」は発生すると警鐘を鳴らす。

 そして、この「赤旗氾濫事件」とは昨年七月、支那中共が制定した「国防動員法」の海外における発動の予行演習だったのではないかと推論する。

 そもそも支那においては戦争の概念は我々日本人とは大きく異なる。平時と戦時を結びつける「平戦結合」と、軍事に民生の総力を用いる「軍民結合」の思想があり、戦争概念が極めて曖昧で広汎に渡る。こうした支那人の戦争に対する発想は喬良、王湘穂という二人の人民解放軍空軍大佐が書いた『超限戦21世紀の「新しい戦争」』という本に著されている。

 ここで二人は、軍事と非軍事を問わず、様々な次元が戦争の空間や手段になると説く。金融戦、貿易戦、密輸戦、経済援助戦、法律戦、心理戦、世論戦…。そしてこの非軍事の戦争で“兵器”となるのが、株式、資源、エネルギー、食糧、水、法律、メディア、世論、情報、言語、移民などである。これらを総動員して、いまや支那は我が国に総力を挙げた“超限戦”を仕掛けて来ているといっても過言ではあるまい。

 関岡氏は最後に、我が国が支那に備えるためにも核武装の検討を始めるべき事を示唆されている。全く同感である。

 しかし、現在支那が仕掛けている総体的な侵略に対して、核兵器は一部分での抑止にしか成り得ない。核兵器を持っても、支那人の怒濤の如き移民は日本を目指して来る。核ミサイルや空母でも対処できない——

 ではどうするのか、まさに私たちは、日本人が初めて直面する事態に立ち向かっているのである。その事態を正しく認識し、我々が何を為すべきかという大きな道標を本書は与えてくれている。『中国を拒否できない日本』を正しく読むならば、“中国を拒否しなければいけない日本”である。我々の叡智と勇気が問われる。


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2月1日、烏丸丸太町と京都地裁に結集せよ!
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  by haigai | 2011-01-31 19:31 | 書籍・雑誌

山口二矢供述調書

 去る11月2日、東京の日比谷公会堂に1000人近くもの人々が集った。昭和35年10月12日に起きた社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件の山口二矢烈士没後50周年を期しておこなわれた「山口二矢烈士顕彰祭」だ。その祭事は半世紀の歳月が流れたとは思えぬ程、盛大に挙行された。日本全国の右翼民族派活動家、愛国系の市民活動に連なる人々から、報道関係者、警備公安関係者まで。

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 人々は何を求めているのだろうか。否、人々は何に向き合おうとしているのだろうか。茫として漠、その真意を忖度するは難いが、混迷の時代に一筋の光を見出し、その光に照らされし自己の姿に向き合わんと欲しているのではないか。筆者には斯様に思えた。では、その一条の光とは何か。山口二矢烈士そのものである。

 「百聞は一見にしかず、百見は一行にしかず」といえども、昭和35年10月12日の事件だけをもって、山口烈士の胸中に宿った炎と、烈士そのものが放つ“光”を見るのは難しいかもしれない。行動はそれ自体を「肉体言語」とも呼ぶように、思想が宿るが、それを均しく解せられるわけではない。そうなれば、「一行」を解する為の「一聞」「一見」の類いが必要となる。山口二矢烈士享年十七才、遺著はないが幸いにして事件後に聴取された「供述調書」が残っている。

 それがこの度、山口二矢烈士没後50周年を期して発刊された。

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山口二矢供述調書 社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件
山口二矢顕彰会 編
四六並製  152頁、定価:1260円
平成22年11月2日発行

 「事件より50年。「七生報国 天皇陛下万才」を獄中に遺し自ら命を絶った、その壮烈にして清純なる魂」
書籍の帯に刷られたこの文言が、よく表わしている。とにかく胸中に抱いた覚悟の壮烈さと、心の清純さに惹き込まれる。そんな魂に触れられる本だ。靖国神社に祀られし英霊の遺書をまとめた『英霊の言の葉』に近いものがある。

「いや、そんな事を言っても、彼はただの犯罪者で人殺しだ」と論じる者がいる。それは単なる魂なき無味乾燥な法治全能主義者と言うべきであろう。漫画家の小林よりのり氏は、自著の章中「ポチホシュはテロはいかんと言うが、わしは山口二矢の遺書にものすごく共感する」といった事を述べている。法律に合うか背くかではなく、人間の至情をこそ問うのが、本物の思想や哲学を摸索する態度だろう。

 本書は題名通り「供述調書」である。警察が犯人を取り調べして書き取ったものである。故に、冒頭から「…右の者への殺人容疑について聴取する」で始まる。万引きや痴漢から殺人に至るまで、年間何万もの「供述調書」がつくられていく。だが、思想的価値・哲学的実存を問うに値する「供述調書」は、山口二矢供述調書を置いて比肩するものがないだろう。

 山口烈士は自らの人生観を問われて曰く、
「私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れるものであります。その時、富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、たとえ富や権力を得なくても、自己の信念に基づいて生きてきた人生である方が、より有意義であると信じています。自分の信念に基づいて行った行動が、たとえ現在の社会で受け入れられないものでも、またいかに罰せられようとも、私は悩むところも恥ずるところもないと存じます」

 こうした十七才の少年が、かつて日本に存在していた事が信じられるだろうか。また本書の最後には、山口二矢烈士の御尊父が、各週刊誌などに記された手記を掲載している。自分のもとから流れ星のように駆けて行った息子の背中を見送った父の思いが淡々と記されている。本書は「壮烈な魂の記録」でもあり、「哀しき父子の物語」でもあるのだ。

 この本のお求めは全国の書店、もしくは以下の出版社まで。

展転社
〒113−0033
東京都文京区本郷1−28−36 鳳明ビル301
電話03−3815−0721 FAX 03−3815−0786
e-mail : book@tendensha.co.jp


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  by haigai | 2010-11-07 12:24 | 書籍・雑誌

絶滅動物データファイル

「見てごらん よく似ているだろう 誰かさんと〜♪」と、人間によく似た動物たちを歌い上げる「ZOO〜愛をください〜」というヒット曲がある。ここでは、カメレオンやフクロウ、コウモリにウサギなどが、僕らの周りにいる人間によく似ているとして登場する。

じゃあ、今の日本人に良く似た動物って何だろうか??

いまの日本人に良く似た動物も、「〜ZOO〜」の世界のように、一種類だけではなく、何種類もいる。

そんな日本人に良く似た動物達を網羅したのが、この本。


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『絶滅動物データファイル』
今泉忠明著 祥伝社黄金文庫



「動物は絶滅するのがふつうの運命であり、生き残るのが例外である」
こう語るのは、アメリカの古生物学者であるA・ローマー氏。生物は誕生以来、自然淘汰を繰り返して来た。それは進化と絶滅が両輪の関係で進んで来た事実を示している。

 この本は、こうした絶滅動物達の特徴と、「どうして絶滅していったのか」を分かりやすく綴っている。有史以前の絶滅種と、人間が登場した有史以後の絶滅種に分類して書いている。特に我々が注目すべきは、後半の「有史以後」に絶滅した動物たちだ。

 有史以前であれば、一つの種は、発生から絶滅まで、だいたい一万年前後を要した。ところが、人間が登場し、大航海時代の幕開けとなると、二年半で一種類が絶滅するという、「大量絶滅」の時代を迎えた。

 絶滅の理由はおよそ3つに分けられる。
一、移民
二、移民の持ち込んだ外来種
三、それらに付着した病原菌


 本来はそこにいないものが、外部からやってくると、生態系のバランスは崩壊する。大航海時代と産業革命は、地球規模で、動植物の生態系を破壊した。

 そして絶滅していった動物たちにも、絶滅した8つの原因があった。

一、警戒心の欠如
二、危機回避能力の欠如
三、防衛能力の欠如
四、繁殖力の低さ
五、環境適応能力の低さ
六、近似亜種の不在
七、利用価値の高さ
八、駆除する理由の存在


たとえば、このモーリシャス島を中心に生息していたドードー。

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 この鳥は、人を恐がらなかった。その上、飛べないし、走る事もできない。角も牙もない。繁殖力も低い。けれど肉が美味かったという。つまり、一、二、三、四、七と、上の条件のうち五個も該当する。「そりゃあ滅びるよなぁ〜」と感心している場合ではない。

上の一〜八にいたる条件全てに該当するのが、他ならぬ我々日本人であるのだ。現実逃避して、「見てごらん よく似ているだろう〜♪」と歌いたくもなってしまう。逆に、一〜八の条件と、反対の特徴を兼ね備えたのが、支那人朝鮮人である事実を認めなければならない。人間もまた動物。「万物の霊長」と威張りくさっている場合ではない。

弱いままの日本人は、征服・絶滅を免れない。

その日本人を、強い種へと進化させ、

絶滅から守るのが排害主義である。




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  by haigai | 2010-07-29 12:29 | 書籍・雑誌

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