カテゴリ:排害主義( 66 )

 

支那人同化論の愚かしさ

支那人同化論の愚かしさ

嘘つき民族に宣誓など無意味


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 われわれのような者が支那人排斥を唱えていると、少なからぬ「保守」や「右派」を以て任ずる人から、「彼らだって日本に同化できる」という意見がでてくる。何を根拠にいっているのか見当も付かないが、日本人が日本人もつくれないのに、実にお気楽で無責任な考えだ。
「日本は武士道の国であり〜」
「万世一系の 天皇陛下をいただく国であり〜」
「日本の理想は道義国家の建設にあり〜」
 実態に即せぬ、形ばかりの観念論は千個ならべても糞の役にも立たない。

 そうした人々に、どうやって支那人を日本に同化させるのかと聞けば、
「帰化する時に 天皇陛下への忠誠を誓わせる」
「日の丸に向かって君が代を斉唱させる」
「靖国神社に参拝させる」などなど…
どれも未成年者の飲酒喫煙対策よりも効き目が無い。

 支那人は自分達の歴史を三千年だ、四千年だと盛んに言っているが、それは同時に「嘘をつき続けて三千年の歴史」だ。権力者と民衆の間はおろか、隣人や親族の間でも、信頼関係など皆無に等しい。権力から分立した権威の存在が無い支那人には、道徳の源泉も存在しない。田舎に行けば、野菜の無人販売所が成立する日本とは、まるで民族性が違う。嘘つきに形だけの宣誓などさせても無意味だ。

 世界で最も便利な日本国籍と、日本のパスポートを取得するためなら、支那人はこぞって「 天皇陛下万歳!」も叫ぶだろう。そして、靖国神社にだって参拝してみせるだろう。けれども、彼らの心は決して、中華世界からは離れない。いざ、支那が対日蜂起を呼び掛ければ、昨日まで「 天皇陛下万歳」を口にしていた支那人たちが日本人に牙を剥く恐れが高い。そうした危機意識なき安易な「同化論」は亡国の端緒である。

日本人と支那人は水と油である事を知るべきだ




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  by haigai | 2012-02-08 21:04 | 排害主義

右翼民族派は「世界皇化」の幻想から覚めよ

支那人の怒濤の侵蝕という現実を直視せよ

右翼民族派は「世界皇化」の幻想から覚めよ


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先日、右翼民族派の同志が他の活動家から、「朝鮮人も 天皇陛下の大御宝だし、支那人も皇化の対象なのだから、排斥するのはおかしい」と言われたそうだ。右翼民族派陣営は大風呂敷を広げられた上に、「皇化」「大御心」「大御宝」「国体」と魅惑的な言辞が並んでいると、途端に目が眩んで思考がストップしてしまうのが悪癖だ。誤解を恐れずにハッキリ言えば、こうした考えは観念的な幻想である。

 世界皇化——全世界を 天皇陛下の大御稜威に帰伏せしめる。まさに至上最高の理想に思えるかもしれない。この理想に立脚すれば、全世界の人民は 赤子、大御宝となるだろう。筆者も若い頃の一時期は、こうした熱烈な考えに憑かれていた事もあった。

 しかし、今の日本を見て見よ。受け難き生を日本人に生まれながらにして、不幸にも皇国の皇国たるの所以を知らず、祖国を呪詛し、 皇室に大不敬の言辞を吐く魑魅魍魎の日本人モドキが跋扈している。上は政治家、官僚、学者から下は市井のチンピラ、ゴロツキにいたるまで。日本人が日本人を育てられず、真の日本人は絶滅危惧種が現状だ。

 その間隙を衝くかのように、支那人はイナゴの大群のように、日本列島に侵蝕してきている。すでに在日支那人の人口は八十万人を超えた。これは十年前の二倍以上の数だ。毎年、五万人から十万人ちかくの勢いで増殖している。さらに支那は一人っ子政策を順次緩和させ、対日ビザも条件を引き下げさせている。国家の総力をあげて人口侵略をはじめているのだ。

 この怒濤津波のように押し寄せ来る支那人を、「皇化する」と悠長な事を言っている右翼活動家は、一年間に何人の支那人を皇化してくれるというのだろうか。毎年の流入数が五万人であれば、すでに入国してしまった者も合わせて、毎年七万人から十万人を「皇化」してくれないと、間に合わない。どこにそんな創価学会もビックリの“折伏マシーン”がいるのか。

 そもそも、いまの日本よりも遥かに“国体観念”が高かった明治以降の日本が、朝鮮半島を併合して、朝鮮人に三十六年間にも渡って、手取り足取り“皇民化教育”を施した結果がどうだったのか。今の朝鮮半島を見るだけで、暗澹たる気持ちになる。支那人や朝鮮人と理解し合えるだとか、「皇化」できるという幻想から一刻も早く覚めるべきだろう。

観念的で抽象的な国体論はいらない。

支那人の怒濤の侵蝕という現実を直視し、

侵略民族と徹底的に対峙する姿勢が必要なのだ!




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  by haigai | 2012-01-09 12:19 | 排害主義

悪名の果てにこそ希望あり

悪名の果てにこそ希望あり

民族差別、排害主義を恐れるな


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——さすが、と思った。せと弘幸氏のブログ「日本よ何処へ」を拝読させていただき、改めて強く感じことだ。せと氏は今年の決意を次のように説いておられる。

「2012年の戦いとは反日左翼・在日シナ・朝鮮と共闘する可能性の強い、似非民族主義者との戦いであることも覚悟していかねばなりません。民族差別や排外主義を恐れてはならない。この思想こそが日本を守り抜く最後の砦となるのです。」

 行動する社会運動は既に5年目を迎えた。様々な激動と離合集散、苦難もあったが、この運動を通じて、いまの日本が抱える深刻な亡国の輪郭が、多くの国民の目に見えて来たのではないかと思う。すでに朝鮮人に乗っ取られ、アメリカはおろか支那にも反論できなくなった政府、在日のATMと化した役所行政、パチンコ汚染で在日の私兵集団となりさがった警察。そして国民の耳目となるはずのマスコミは、朝鮮人に買収されてその宣伝機関になってしまった。

 いま日本のどこに、日本人に真実を知らせ、日本人の声を代弁し、日本のために汗水を流すものがあるのか?本来それは、政治の役目であり、行政の仕事であった。しかし、それら全てが機能不全に陥ってしまった。そうした行政の不作為を糺すべき左右両翼の活動家らも丸で役に立たない。それどころか、既存の右翼までもが「民族差別は大御心に反する」などと抜かして朝鮮人に肩入れする始末である。事ここに至っては国民が立ち上がるより他に手だてはない。

 軍隊は占領憲法によって禁ぜられ、政治も行政も仕事をせず、マスコミは自己の保身と朝鮮人の機嫌取りに汲々としている。日本は一糸まとわぬ丸裸に近いような状態にされてしまっているのだ。その日本を最後の最後に守る干城こそが、排害主義という鋼鉄の大和魂で武装した日本人である。

 もちろん、民族差別、排害主義を公然と打ち出せば、ものすごい風当たりに晒されるだろうが、それを恐れていてどうして丸裸になってしまった日本が守れるのか。未だに「民族差別、排害主義は大御心に反する」と半ば自慢げに吹聴してまわる者がいる。自国が丸裸になっている事も分からずに呑気なものだ。死ぬまで裸の王様のファッションショーでもやっていろと言いたい。

 日本は開闢以来一貫して日本民族の国家である。建国以来、「多民族混生」が国是とされてきた国ならまだしも、日本は日本民族による国家である以上、異民族の侵蝕や政治的介入は排除するのが当然である。白真勲や張景子などが、いくら「日本国籍」を取得しても、連中は朝鮮民族、漢民族なのだ。

 右翼や保守は、「国を守る為には暴力は必要」と、極めて当たり前の事を言っている。ところが、こと「民族差別」になると「排害主義、民族差別は大御心に反する」と始まるのだ。暴力は「大御心」に適うが、差別は全否定なのである。全くもって意味不明だ。暴力や差別を全否定、全肯定する態度は愚かしいが、国家のかたちを守る為には、暴力と差別は絶対に必要である。

 彼らは国が滅びるのが恐いのではない。ただ単に、自分が悪名をこうむるのが怖いだけなのだ。そのゴマカシと思考停止を 天皇陛下の御名を借りてやっているに過ぎない。そうした連中は遠からず時代の流れから淘汰されていくだろう。国民大衆よ、民族差別、排害主義を恐れてはいけない。悪名のはてにこそ希望があるの信を持って前進しよう!



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  by haigai | 2012-01-03 20:32 | 排害主義

排害主義は大御心に反する論への反駁

排害主義は大御心に反する論への反駁

愛国者は「大御心」を楯にした思考停止やめよ


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 明日は天長節である。せっかくなので、この佳き日の前に書いておこうと思う事がある。それは「排害主義は大御心に反する」「 天皇陛下は排害主義を喜ばれない」という言説についてだ。

 右翼や保守の中には、こうした事を言う者がウジャウジャ棲息している。既存の右翼から行動する保守の周辺にまでいる。それどころか、平成十八年の「日経新聞富田メモ事件」のように、左翼すらも自分に都合がよければ、「ほら見ろ、これが大御心だ」と言いだす。

 では「大御心」とは何か?
 畏れ多がり、有り難がりさえすれば国士だと誤思する浅慮の者は、「大御心」と言われれば、たちまち思考を停止し、ひれ伏してみせるが、その「大御心」とは何であるのか明確に定義できないでどうするのか。たとえば、次のうちどれが「大御心」になるのだろうか。

1「 今上天皇の発せられたお言葉や御製」
2「 今上天皇の発せられたお言葉や御製や、親しい者や身内にのみお示しになられた見解」
3「 歴代天皇から 今上天皇までが発せられた詔勅、お言葉や御製」
4「 歴代天皇 今上天皇までが発せられた詔勅、お言葉や御製、親しい者や身内にのみお示しになられた見解」
5「一部特定の 天皇による一部のお言葉や詔勅」

どれを以て「大御心」とするのか、定義の違いもあろうが、どれであるにせよ、それは詔勅やお言葉のように、明示されたものでなければならない。国体論を研究されて来られた里見岸雄博士や、平泉澄先生門下の田中卓博士も、必ず詔勅を引いた上で論を進めている。当たり前の話だ。

 ところがたまに、そうした物も示さず、「 天皇陛下はこう思っているはずだ!」と言う者がいる。人の考えを読み取るとは、おまえはエスパーか。そうした者は『昭和天皇・明治天皇の霊言』なる大不敬トンデモ本を出した幸福の科学大川隆法と同類である。

「排害主義は大御心に反する」論者が、その論拠として引くの詔勅の代表格に 神武天皇の「八紘一宇」がある。「ほら見ろ! 神武天皇は八紘一宇なんだから世界全人類みな兄弟なんだ!」と抜かしよる。こう言う奴は当の 神武天皇の詔勅をきちんと読んでいない。

 この原文は「日本書紀」の「巻三 神武天皇 即位前紀己未年」に記されている。そこには、「八紘…」のずっと前に「頼るに皇天の威を以てして、凶徒就戮されぬ」とある。「凶徒」とは日本民族にまつろわぬ異民族である。

 神武天皇の詔勅は異民族を排斥し、「皇天」を仰ぐもの、すなわち、同じ信仰と神話を共有する集団、日本民族共同体の成立を宣言したものである。それを「排害主義は大御心に反する」論者は、原文が読めないのか、意図的に読まないフリをして「多文化共生容認」「異民族尊重」「排害主義反対」の文脈へとデッチ上げたのである。

 さて、あとは「 天皇陛下は排害主義を喜ばれない」といった言説がある。なるほど、ヘイトスピーチや直接的実力行使を 天皇陛下が御嘉賞くださるとは思わない。この指摘を一般の普通に暮らす国民が言うのであれば、筆者も「そうですね」として御意見ちょうだいしよう。しかし、右翼や保守が「 天皇陛下は排害主義を喜ばれない」と言うのであれば話は別だ。

 右翼や保守が称える歴史的出来事はいっぱいあるが、その全てが 天皇陛下のお喜びになられる事であったのか。大東亜戦争開戦には「豈朕カ志ナラムヤ」とまで示されている。二二六事件はどうか。浅沼事件、三島事件はどうだ。天皇陛下のお喜び云々をいう者は、こうした出来事への礼賛をやめるのが筋だろう。世の中は喜びだけで回っているのではない、喜怒哀楽こもごも様々な感情や思惑が渦巻いて回っているのだ。

 大東亜戦争の開戦を 先帝陛下はお喜びになられなかったが、ハルノートを黙って受諾する事ならば喜ばれたのか。大東亜戦争の敗戦をお喜びになられないのは当然だが、徹底抗戦して日本を焼土と化す事は絶対にお選びになられなかった。時に非常な決断をくだす悲しみ積み重ねの上に、我々は生かされているのだ。

「 天皇陛下は排害主義を喜ばれない」という者に問いたい。いまのまま朝鮮人が増長を続け、支那人が大繁殖して日本が日本でなくなってしまう事を、 天皇陛下はお喜びになられるのか?何も“エスパー能力”を使って 天皇陛下の胸中を読み取る必要は無い。 曖昧模糊として定義も定かではない、「大御心」を持ち出して相手の言説を封じようとする者は、日本を守りたいのではない。自分のメンツと立場を守りたいだけのだ。

「排害主義は大御心に反する」論者は、「大御心」を口にしながら、それを自分の無学や浅慮、小さな美意識を補う“お守り”に私用しているに過ぎないのである。一刻も早く、愛国者は「大御心」を楯にした思考停止やめよ。そして悪名を恐れず排害主義への一歩を踏み出すべきだ。



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  by haigai | 2011-12-22 20:05 | 排害主義

12・4をエポックに前進せよ!

民族紛争に備え、日本人は強くなれる

12・4をエポックに前進せよ!


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 京都市南区にある勧進橋児童公園が、半世紀の長きに渡り不逞朝鮮人らによって不法に占拠され続けていた。近所に暮らす一般の日本人が満足に使えず、朝鮮学校とその関係者らが「グラウンド」にしたり、焼き肉大会やバザーをおこなうなど、好き放題に使っていたという。これを平成21年12月4日、関西の同志たちが実力でもって奪還した。

 これに対し、朝鮮人とそれに連なる反日極左たちは狂ったように反応し、この奪還をおこなった同志らを刑事告訴。マスコミも取り上げる大きな騒動となり、翌年の8月、主立ったメンバーであった4名が京都府警に逮捕された。「在日を虐める悪者」「差別者は日本人の恥」などなど、あらん限りの罵詈雑言があびせられたが、当人たちは「日本のためにやった」として揺るがず、公判においても正々堂々と戦い抜いた。

 この平成21年12月4日というのは、戦後ながきにわたる日本人と在日朝鮮人、ひいては異民族との関係において、ひとつの重要なエポックになった事件であったと思う。同志らが逮捕された後、公園を不法占拠し続けて来た朝鮮学校の校長は、都市公園法違反で書類送検されている。同志らに下された処分に比すれば、あまりにも軽く、遅きに失したものである。

 けれども、朝鮮人の横暴・傲慢さを白日のもとに暴きだすと共に、日本人が立ち向かっていくべき姿勢を示したものであった。もし、ここで「悪い事をしましたゴメンナサイ」といって、活動をやめていたならば、話は大きく違ってきただろう。しかし、公判を受けて釈放された同志らは、戦線復帰から現在にいたるまで常に我らの戦列の中で、闘争の旗を高々と掲げ続けている。闘争は今も続いているし、現在とは「12・4」の延長線上にあるのだ。

 そして何よりも、この2年の間に、支那人朝鮮人に対する日本人の感情は、マスコミの言葉を借りるならば
「悪化」の一途をたどっている。電通やフジテレビ、NHKが盛んに「韓流」をつくりだそうとしても、もはや国民大衆はマスコミを信用していないし、「韓流」と朝鮮人にNOを突きつけている。対支那朝鮮感情は「悪化」しているのではなく、覚醒しているというべきである。

 この「覚醒」をマスコミや左傾ジャーナリズムは、したり顔で「ネットウヨク」とレッテルを貼り、不況や世の中の閉塞感ばかりに原因を求めようとしている。結論ありきのドキュメンタリーとルポルタージュが氾濫し、ますますマスコミ不信と、支那人朝鮮人への嫌悪感を招いていることに気付かないのだろうか。

「在特会の主張はどうあれ、こういったやり方はいけません」
といって、平成21年12月4日の行動を批判したアナウンサーが居た。彼に限らず、「こういったやり方はいけません」と幾人もの人間がネットやテレビで仰っていた。そういった方は「こういったやり方」以外の何を実践したのか。何もしていないではないか。

 平成21年12月4日以来、筆者は運動に新たに参加してきた方々から何人もお話しをうかがった。
「あの時は在日の方々をイジめる、何てヒドい人達がいるのかと思った」
「弱い者をいじめて面白がるトンでもない連中だと感じた」
しかし、当時はそのように感じた人達ですら、一部の方々は真実に気付き、中には我らの戦列に身を投じる人も出てくる。誰もが異民族の増長と横暴に気付き、日本人こそが「弱者」であった真実に向き合わざるを得なくなる。

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「大人しく行儀正しく、謙虚なのが本物の日本人だ」といって、我らの運動を批判して来るキレイゴト保守がいる。たしかにそうだろう。では、そんな日本人で日本を守れるのか問い直して頂きたい。むしろ、そうした「大人しく行儀正しい〜」ような日本人をして、ここまで異民族の増長を許してしまったのではないか。

 元来、大人しかった日本人をして、ここまで排外的ナショナリズムに火を付けたのは、排害社でも在特会でもない。小林よしのりや、高岡蒼甫らでもない。日本人を舐めて好き放題な振る舞いを続けて来た在日朝鮮人と、侮日のかぎりを尽くした支那人に他ならないのである。

 今年の7月、ノルウェーで発生した大量殺戮テロに対するマスコミの報道姿勢が、いつものものと違っていたことにどれだけの日本人が気付いただろうか。普段ならば海外のテロ事件など数回軽く流しておしまいだったが、今回は犯人の判決にいたるまで詳細に報じ続けた。それはノルウェーが抱えていた民族問題が、もはや日本にとって“対岸の火事”でなくなりつつある事実を、日本人が感じ取っていたからではないだろうか。

 現状で推移すれば、日本は遠からぬ将来、深刻な民族問題を抱える国に変貌する。否、すでに政府・内閣は在日韓国人たちによって、首根っこを押さえつけられたも同然であり、与野党の議員が相次いで民団に詣でる姿は、すでに日本国民のための政治家ではない。政府が国家国民のために働かなくなれば、それを補う動きが民間から起るのは当然である。

 日本人は迫りつつある異民族との衝突に備えなければならない。そして、異民族の侵蝕を前に危機感なき政府・政治家は、いずれ国民の手によって倒される日が来るだろう。それは明治維新の討幕運動をみれば分かる。もはや国民の役に立たなくなった旧体制と、それにしがみ付く者達は排除されるのだ。その戦いの火蓋はすでに12月4日に切られている。日本人よ強くなれ!



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  by haigai | 2011-12-04 01:07 | 排害主義

「多文化共生」論者は ペットをねだる子供と同じ

「多文化共生」を叫ぶ者は

ペットをねだる子供と同じ


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 先日、街を歩いているとペットショップの前で子供が親御さんにおねだりしていた。
「ねぇねぇ、飼ってもいいでしょ!カワイイから買ってよ〜!」
「ちゃんと面倒みられるの? ウチは狭いんだからダメ」
そう言いつけられていたが、子供の顔は不満そうだった。

 しかし世の中、そんな親御さんばかりでもない。
「カワイイから」
「飼いたいから」
「きちんと面倒みるから」
 そんな子供の言葉に負けて、ついつい買ってあげてしまう親も多い。
 いや、子供でなくても、大の大人自身が軽い気持ちでペットを買う。

 それがどういう結果になったのか。

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北アメリカ原産のアライグマ
 テレビアニメ「あらいぐまラスカル」の人気から大量に輸入され、ペットとして販売された。しかし、大きくなる上、人になつきにくく凶暴な性格のため、捨てる人が続出。兵庫県、大阪府、神奈川県では多くの数が野生化し、住宅や畑への被害が相次いでいる。

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南アメリカ原産のグリーンイグアナ
 小さい頃は可愛いらしいが、170センチちかくまで成長する。そのため大きな飼育ゲージが必要となり、狭い一般的な家庭での飼育は困難。歯と爪も鋭く、暴れるため捨てる人が続出。気候が温暖な沖縄ではすでに野生化したとも言われている。

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北米原産のワニガメ
 最大で甲長80センチ、体重は100キロ以上にも達する。映画「ガメラ」のモデルにもなった。外来生物法で規制される前は、五百円玉ぐらいのベビーが二、三千円で多数、出回っていた。大人の指をも咬みちぎる力があり、飼育には巨大な水槽と排水設備が必要になる。毎年のように遺棄された個体が発見されてニュースになっている。



 こんなペットたちの元飼い主たちの言うセリフは大体同じだ。
「こんなに大きくなると思わなかった」
「あれだけ増えるとは思わなかった」
「あんなに凶暴になるとは思わなかった」
「経済的な事情で飼えなくなった」


 ほぼ全員に共通するのが、動物に対する無知と読みの甘さだ。大きくなったり、ネズミ算式に繁殖したり、凶暴になることは、物の本を読めばすぐにわかる事だ。それを一時の「可愛い」「飼いたい」といった感情で、欲しがるのだ。無責任としか言いようがない。


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 そんな無知で無責任なペットの飼い主と全く同レベルなのが、支那人などの移民受け入れを叫ぶ多文化共生論者どもだ。「国際化社会だから…」「多民族共生社会の実現を…」「移民を受け入れたら社会に活気がでる」などと、言っていることは、もっともらしく聞こえるが、“受け入れる動物”に関する無知という点では、ペットをねだる子供と一緒だ。

 そもそも、日本では左翼はもとより、保守・右翼陣営にいたるまでも「民族差別はヨクナイ」と思考停止しているのは、異民族に対する無知が根本的な原因だろう。
支那人が大量に増殖すること、
その国に同化しようとしないこと、
自分達の異質なコミュニティをつくること、
何よりも自己中心的で凶暴なこと。

これらは日本の『警察白書』や、世界各国で支那人が惹起したさまざまな事例を見ればすぐに分かる。

 そもそも日本は、異民族を“飼う”のがヘタクソな国である。わずか六十万人たらずの在日朝鮮人どもに、政界、行政、金融、言論など、ここまで国内を好き放題にされながら、ほとんど手をこまねいてきたのだ。それでいて朝鮮人を上回る数百万人の支那人受け入れに突き進もうとしている。これが狂気でなくて何なのか。

 現在の日本を冒頭の親子に喩えるならば、ヒヨコに自分の指を咬まれて、恐くてなにもできない子供が、今度は巨大なワニをペットにしようと親にねだっているようなものだ。そんな“子供”に向かって、「そんなモノはウチじゃ飼えません!」とピシリと言わなければならない。



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  by haigai | 2011-11-26 10:17 | 排害主義

キレイゴトなんか糞くらえ!

キレイゴトなんか糞くらえ!




これを読めば「キレイゴト」のおかしさが分かる。





※お食事中の方は閲覧注意!








ある日、排害くんの家の前に大きなウンコが落ちていて、排害くんが片付けようとしていると、そこに近所に住む共生くんが通りかかりました。

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排害くん「うわっ!俺の家の前にデッカいウンコが落ちてる!臭いし汚いなぁ〜!ハエもよって来るし困ったなぁ〜」

共生くん「おまえ、なんて事を言うんだ。このウンコの中にだって、未消化のトウモロコシや大豆の粒が混じってるかもしれないじゃないか!」

排害くん「そうかもしれないけど、これウンコだぞ?」

共生くん「いや、食べられるトウモロコシや大豆の粒も混じっているかもしれないのに、そういう決めつけはよくない」

排害くん「わざわざウンコの中から取り出して食べたくねーよ。仮にあったとしても、ウンコまみれだろ。そういうおまえが食ってみろよ?」

共生くん「それとこれとは話が別だ!」

排害くん「もう、なんなんだよ…それにしても汚ねーし臭いウンコだなぁ〜」

共生くん「!なんて事を言うんだ!ウンコが悪いんじゃない。悪いのは、このウンコをした人間だ!」

排害くん「誰がしたか知らないけど、臭いモンは臭いよ。踏んだらイヤだし、片づけなきゃ」

共生くん「なに〜!三日前や先週、おまえの家の軒先に鳥の糞が落ちてたのに片付けなかったじゃないか。それと同じように、このウンコも置いといてやれよ!」

排害くん「そんな事おぼえてないよ。鳥の糞は小さくて気にならないし、雨が降ったら流れちゃうだろうけど、このデカいウンコは臭いし、雨で溶けたら余計に大変だよ」

共生くん「そんな事いうなら、あっちの電信柱のとこに落ちてるウンコの方が大きいんだから、あっちを片づけろよ!」

排害くん「うるせーなー、そう思うならおまえがそれを片づけろよ」

共生くん「なんて事を言うんだ!おまえのご先祖様は田んぼや畑に、このウンコをまいて肥やしにしてきたんだぞ。その子孫のおまえも、そのウンコのおかげで今生きてるんだぞ。もっとウンコに敬意を払ったらどうなんだ!?」

排害くん「知らねーよ。別に俺はウンコを食って育った訳じゃないよ。その時は肥やしだか何かになったかも知れないけど、生憎、俺の家には田んぼも畑もないし、ウンコがあっても臭くて困るの。だから片づけるわ」

共生くん「どうしてもウンコを片づけるのか!?」

排害くん「そうだよ」

共生くん「この排便主義者!クソ野郎!おまえなんかウンコと同レベルだ!」

排害くん「じゃあ、おまえがこのウンコを持ってどっか行ってくれよ」



 言うまでもなく、ここでいう「ウンコ」とは支那人の暗喩である。こうして見ると共生くんが支離滅裂でハチャメチャな事を言っている事が理解できる。ところが、このウンコを「中国人」に置き換えられると、さも理性的で美しい事を言っているように感じてしまう日本人が多い。以下が支那人に置き換えたものだ。



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排害くん「うわっ!支那人がいっぱい増えてる!ルールは守らないし、自分勝手だし!仲間を呼び寄せて犯罪も増えそうだから困ったなぁ〜」

共生くん「おまえ、なんて事を言うんだ。中国人の方々の中にだって、良い中国人の方もいるかもしれないじゃないか!」

排害くん「そうかもしれないけど、あの支那人だぞ?」

共生くん「いや、善良で真面目な中国人の方もいるかもしれないのに、そういう決めつけはよくない」

排害くん「だとしても、わざわざ支那から移民を入れたくねーよ。仮に善良の人が少し居たとしても、その他の連中はロクなモンじゃないだろ。そういうおまえの隣に住ませてみろよ?」

共生くん「それとこれとは話が別だ!」

排害くん「もう、なんなんだよ…それにしても悪質で横暴な支那人だなぁ〜」

共生くん「!なんて事を言うんだ!中国の人民が悪いんじゃない。悪いのは、そんな人間をつくっている中国共産党だ!」

排害くん「誰がつくったか知らないけど、支那人は支那人だよ。関わるのも、増えられるのも嫌だから追い出さなきゃ」

共生くん「なに〜!千年前や千五百年、大陸からやってきた渡来人を、当時の日本は追い出さなかったなかったじゃないか。それと同じように、中国の方々も受け入れてやれよ!」

排害くん「そんな昔の正確な事は分からないよ。それに渡来人と言っても、数百人から、せいぜい数千人規模で、すぐに日本に同化されたんだろうけど、いまの支那人の流入は数が多いし、日本国籍を取得したって同化しそうにないんだから大変だよ」

共生くん「そんな事いうなら、在日米軍基地こそが“真の在日特権”だし、戦後体制そのものなんだから、そっちの問題から取りかかれよ」

排害くん「うるせーなー、そう思うならおまえがそれをやればいいじゃないか」

共生くん「なんて事を言うんだ!昔の日本は中国から文化や技術、学問を教えていただいたんだ。その子孫のおまえも、その中国のおかげで今生きてるんだぞ。もっと中国に敬意を払ったらどうなんだ!?」

排害くん「知らねーよ。別に俺は支那の教育や価値観で育った訳じゃないよ。その時は支那の学問とやらが参考か何かになったかも知れないけど、あいにく、いまの日本には支那から学ぶものはないし、支那人が増えても治安が乱れて困るの。だから追い出すわ」

共生くん「どうしても中国の方々を追い出すのか!?」

排害くん「そうだよ」

共生くん「この排害主義者!レイシスト!おまえなんか中国人と同レベルだ!」

排害くん「じゃあ、おまえが支那人を連れてどっか行ってくれよ」


 どうだろうか。よく目にする排害主義批判の言説ばかりだ。しかし、その実態は、まるでキツネにばかされて葉っぱのお札を掴まされ、団子と思って馬糞を喰わされている人のようだ。騙されている日本人よ、一刻も早くキレイゴトの眩惑から目を覚ませ!



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  by haigai | 2011-11-19 21:11 | 排害主義

大量移民が日本を修羅場に

世界平和度指数から見る

大量移民が日本を修羅場に


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 イギリスの調査機関が世界153カ国の犯罪発生率などの治安状況や、政治の安定と近隣諸国との関係からなる政情や、人権状況などを分析し、ランク付けした「世界平和度指数(GPI)」を平成19年から公開している。これによると、日本は二年連続で堂々の第三位である。

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 トップはアイスランドで、最下位はソマリアとなった。興味のある方は、当のサイトをご覧いただきたい。日本が三位になった理由は、「他国に比べて犯罪が少なく、テロが起きる可能性も少ない」ことからだった。ただし、政権の脆弱さと支那、朝鮮との緊張状態がマイナス評価になったという。この評価には、自然災害などは含まれていないが、それでも三位なのだ。

 では、日本を取り巻く国々の「平和度指数」はどうなっているのか。

韓国50位
支那80位
ロシア147位
北朝鮮149位


 これは政府による独裁体制や人権弾圧など、体制側の問題もあるだろうが、そこに暮らす人間の“民度”も重大な影響を及ぼしている。たとえば、50位に踏みとどまった韓国では、偽証罪は日本の427倍、誣告罪(虚偽告訴等罪)は542倍、強姦などの性犯罪事案は10倍以上も起きている。支那にいたっては、一例として挙げる数字も疑わしい国である。

 よく「悪いのは政府で、国民は悪くない」といって支那人、朝鮮人を擁護しようとするものがいる。馬鹿も休み休み云えと言いたい。その政府と同じか、それ以上に悪いのが国民ではないか。「多文化共生」「移民受け入れ」を叫んで止まぬ者は、治安崩壊状態を起こしている国々から移民を受け入れて、日本の平和・秩序が保てると言うのか。

 このランキングから見ても分かるように、支那人や朝鮮人を受け入れれば、日本の「平和度指数ランキング」は確実にガタ落ちとなる。もし仮に、韓国と支那の間ぐらいに収まったとしても、その60位代の国々には少年・少女までもが兵士として駆り出され、凄惨な内戦が続いていたシエラレオネや、中東戦争の舞台となってきたヨルダンなどが並んでいる。そこまでいかずとも、日本は修羅場と化すだろう。支那人や朝鮮人を受け入れて、日本の平和・秩序が向上する要素は絶無である。

 ところが、普段から「平和、平和」と連呼して止まない人達が、「多文化共生」の美名のもとに、支那人や朝鮮人を「受け入れろ!」叫ぶのだから意味不明である。多文化共生論者は、「平和」を犠牲にしてでも「多文化共生」を実現すべき理由か、支那人朝鮮人を受け入れて「平和」が向上する根拠を説明すべきである。

 それも説明できないでいて、国民にむかって「平和」と「多文化共生、移民受入れ」という矛盾した言辞を吐き続けるのは、国民を欺く詭弁である。我ら排害主義者は日本の平和を守るために、断乎として支那人朝鮮人の受け入れに反対し、連中の排撃を訴える。


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  by haigai | 2011-11-17 21:55 | 排害主義

TPP反対論をコメからヒトへ!

TPP反対論をコメからヒトへ!

異民族の大量流入に供えよ!


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 TPPをめぐる議論がますます高まりを見せている。日本人を無視し、外国の機嫌取りに躍起な政府は、TPP交渉への参加の意向を表明した。“期待”を裏切らない日本政府の振る舞いだ。いったい、なんのための政府なのかと怒りを込めて問うのも、野暮な気がしてくる。

 さて、このTPPに反対する議論の焦点は、コメをはじめとした農産物の自由化が重点的に論じられている。JAをはじめ、農業に従事されている方々は「安価な農産物が入って来れば、国内の農業が崩壊する」「遺伝子組み換え食品や、狂牛病の肉が入って来て食の安全が保てない」といった主張をする。まったく同意である。この論法は我々と立場を異にする綺麗事保守やサヨクも唱えている。

 そこで指摘したいのは、コメや農産物の自由化が孕んだのと、全く同じか、それ以上の問題を「ヒト」が孕んでいる事実である。TPPのような、規制の自由化が進めば、それは必ず外国人・異民族の大量流入へと繋がる流れになる。

 TPP推進論者は、「貿易を自由化すれば競争が促進されて、経済に刺激をもたらす」と嘯く。確かに規制を緩和していけば、競争は熾烈になるだろう。より多くの商品を、より安く生産するために、あらゆる産業分野が動員される。そうなった時、コスト削減のために一番に削られるのは人件費だ。

 雇用はますます少なくなり、賃金も減る。増えるのは一人あたりの仕事量と労働時間だけである。コスト削減競争に乗り出した企業は、より安価な外国人労働者を求める。日本では外国人労働者の単純労働が規制されているが、それは建て前にすぎなくなっている。大量の支那人研修生と、支那人留学生のアルバイトによって、日本の労働規制はなし崩し的になっている。安価な労働力の大量流入は、日本の労働市場を崩壊させる。TPPのようなものが進めば、勝ち残るのは一握りの企業だけで、大多数の日本人労働者は職を追われる。

 その上、流入してくるであろう支那人たちは、とてつもなく自己中心的で凶暴だ。写真は一昨年、東トルキスタンでウイグル人を集団で襲撃する支那人たちだ。手に棍棒やショベルなどの凶器を手にして集団で襲いかかる。彼らは軍隊でも暴力団でもない。一般の支那人だ。安価なコメや遺伝子組み換え食品とは比べものにならないぐらい恐ろしい。

 ところが、こうした支那人の大量流入という「ヒト」の問題になると、「コメ」の問題について「安価なコメは〜云々」「危険性のある食品の流入は〜云々」といっていた人達の多くが黙して語らない。それどころか、TPPに反対しているサヨクは、「外国人との多文化共生社会を〜」などと抜かす。支那人にコメづくりの手伝いでもしてほしいのだろうか。意味不明である。

 綺麗事保守もTPPには勇ましく反対してみせるが、ことに「ヒト」の流入になると「排外主義はよくない」と吹くのだ。排外主義に反対するのならば、TPPにも率先して賛成すればいいのに、訳がわからない。結局は世間体で自分の懐だけに目が行き、国家の安危を度外視した態度である。我ら日本人は、TPP反対論をコメからヒトの問題へと高めなければならない。

いまこそ異民族の大量流入に供えよ!



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  by haigai | 2011-11-12 10:45 | 排害主義

今こそ「鎖国論」を叫べ!

亡国のTPP論争から

今こそ「鎖国論」を叫べ!


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 本日、野田総理がTPP交渉参加の意向を表明するという。農業や医療に従事する方々だけではなく、上下左右を問わず多くの国民から反対の声が強く上がる中、一部の財界と御用学者、そしてアメリカの意向を汲んで無理やりに事を運ぼうとする姿勢がありありと見える。

 民主党、いや、日本政府が日本人を無視し、日本を壊す存在であるのはいまに始まったことではない。しかし、これほどま露骨に国民を無視し、欺き続ければ、いずれ国民の怒りは押え難い大きなものとなって爆発する。政府に黙って殺されるほど、日本人も大人しくはできていないはずだ。

 今回のTPP論争では、「反対派」や「慎重派」とされる人々の意見が多く見受けられた。その一つひとつは鋭い視点と識見に基づくものであったが、そうしたTPP反対派の人においてすら、「鎖国論ではありませんが…」「鎖国はできない…」といった余計は前置きが散見されたことだ。

 これは「外国人参政権問題」の時に、反対派が「私は排外主義ではありませんが…」と奥歯に物の挟まったような前置きをして喋っていたのと非常によく似ている。それに対して今回、政府や経団連の商人と、その御用学者たちはTPP推進などを以て「開国」と称している。その「開国」に反対するのだから、正々堂々と「鎖国せよ!」と叫ぶべきだ。

 「開く」と「閉ざす」では、単純に前者の方が良いイメージがあるかのように日本人は思い込んでしまっている。だから、自らをして正々堂々と「鎖国せよ!」という主張ができないでいるのだ。そんなことだから、何回も何回も好き放題に「開国」されてしまうのだ。

 そもそも「私は鎖国論者ではありませんが…」というTPP反対論者たちは「鎖国」の意味を知っているのだろうか。粗雑な歴史教育によって、いまの大方の日本人は、江戸時代の日本が諸外国と完全に交易を断っていたかのように思い込んでいるが、そうではない。長崎の出島をはじめ、支那や朝鮮、オランダとも貿易をおこなっていた。むしろ江戸時代に入っての“鎖国後”の方が、貿易額が増えているとの研究もある。

 ならば、「鎖国」とは何かといえば、国家の主体的な意思に基づいて、外国との交易を規制することである。これによって、安価な外国製商品や労働力、悪影響を及ぼす宗教、思想、さらには異民族の流入から国を守る当然の手段だ。この独立国家としての主体性を放棄することこそ「開国」なのである。

 国を開くと言えば、とても聞えがいい。しかし、聞えがいい「きれいごと」によって日本はここまで壊されて来たのである。大航海時代から20世紀初頭にかけて、アジアや中東、南米の国々は欧米列強に「開国」させられ、筆舌に尽くし難い苦しみを味わった。

 そもそも我が国の経済は、9割が内需によって成り立っている。高度な内需主導型経済なのだ。1億3千万人の市場規模を持つ日本は、国内向けの生産と消費で経済がしっかりと成り立っているのだ。外国に商品を販売するのは、わずかに1割だ。経団連をはじめ、その1割の連中が、あまりにも欲の皮がつっぱっているのだ。こいつらを黙らせるべきだ。

 TPPへの単なる反対論を医療や農業の利害損得勘定だけに矮小化してはいけない。日本国家の独立主体性の問題として論じられるべきである。消費やサービスなど、目先の事のみを論じていたのでは声高にきれいごとを言う者に押し負けてしまう。強烈で分かりやすい主張が必要だ。TPP反対論者は、国民を太平の眠りから覚ます警鐘を乱打するためにも、「鎖国論」を声高に叫ぶときなのだ。



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  by haigai | 2011-11-10 08:40 | 排害主義

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