カテゴリ:排害主義( 66 )

 

「悪党」となる事を恐れるな!

切腹ばかりがサムライにあらず!

「悪党」楠木正成公の精神に学べ


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 先日、とある人より「下品で過激な<行動する保守>はサムライの美徳に反する」と批判をちょうだいした。「清く、正しく、美しく、潔く」がサムライの美徳なのだという。なるほど、そう言われてみればそんな気がしないでもない。しかしよく考えてほしい。誰がそんなことを決めたのか。

 江戸時代、鍋島藩の藩士であった山本常朝が口述筆記させた『葉隠』は、「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」の一節をはじめ、サムライの在り方、武士道の在り方を様々に説いている。『葉隠』は明治以降も読まれ、作家の三島由紀夫が『葉隠入門』を著したことで、ますます後世をして「サムライのバイブル」のように思われるようになった。

 しかし、新渡戸稲造が明治時代に著した『武士道』には「武士道の代表的著作」と言われる『葉隠』について触れられていない。山本常朝も新渡戸稲造の両者とも「サムライ」の在り方にこだわってみせたが、両者とも「サムライ」を代表する人間でもなければ、「サムライ」の在り方について“決定権”を持つ人間でもない。そして二人とも戦国動乱の世に生きた人間ではない。

 「サムライ」というものが、「かくあるべし」と定義付けられるようになっていくのは動乱の世ではなく、むしろ江戸時代にみられるような、世界的にみても極めて平和な時代に入ってからだった。「武士道」は幕藩体制を支える道徳や美意識へと収斂されていく。逆に実際の動乱の時代には、後世説かれるところの「サムライ」や「武士道」の枠組みにはまらないサムライたちが群雄割拠していた。

 後醍醐天皇の鎌倉幕府打倒に呼応して決起した楠木正成公などは、その代表的な一人といっていいだろう。その忠義と功績を称え、後世では畏敬の念を込めて大楠公と呼ばれたが、当時の鎌倉幕府などからは、「河内の国の悪党」とも呼ばれた。

 大楠公は元弘元年に 後醍醐天皇の挙兵を拝するや、下赤坂城で手勢わずか五百騎ばかりにて決起し、篭城する。対する鎌倉幕府軍は数万。「すぐにでも攻め落とせる」と幕府方は思った。ところが大楠公の奇略に次ぐ奇略を受けて思った以上の損害を被る。赤坂城は幕府の大軍相手に一ヶ月以上も持ちこたえたが、 後醍醐天皇が幕府方に捕えられ、糧食も尽きてきた。普通の「サムライ」ならばもはやこれまでと、一族郎党ともに切腹して果てるところだろう。

 しかし大楠公は違った。戦死者の遺体に自分達の甲冑を着せ、嵐にまぎれて城に火をつけて落ち延びたのだ。幕府方が焼け落ちた城に入れば誰のものか分からぬ焼死体がいっぱい。楠木正成の一党は自決して滅んだと判断し、幕府軍は鎌倉へと撤退していった。

 その翌年、態勢を立て直した大楠公は千人ばかりの兵と再び千早城で決起。これには鎌倉幕府も驚き、討伐の大軍をさしむけた。大楠公方は城の上から敵兵めがけて大石を落とす、糞尿をまく、熱湯をかける、藁人形でおびき寄せるなどなど、従来の合戦には見られなかった斬新な戦法で、攻め来る幕府の大軍を相手にまたしてもゲリラ戦術でこれを翻弄。数ヶ月におよぶ持久戦を戦い抜く。

 わずか千人たらずの小さな山城に幕府軍が釘付けにされてしまっている。鎌倉幕府の体面は丸つぶれとなり、その権威の失墜は誰の目にも明らかだった。これにより全国の武士が続々と鎌倉幕府に反旗を翻した。そして元弘三年五月、執権の北条高時は鎌倉にて一族郎党と共に自刃し、鎌倉幕府は滅亡した。

 これにより 後醍醐天皇を中心とした建武の新政がはじまるが、それに大きく貢献したのは大楠公に他ならない。「清く、正しく、美しく、潔く」とする後世かたられるところの「武士道」の枠組みにとらわれず、自らに掛けられる「悪党」の汚名も恐れずに起ちあがったのだ。

 そして何よりも大楠公の戦いで最も学び取らなければならないのは、相手に「負けない」という事だ。相手を即座に打ち倒しやっつけるのではなく、徹底抗戦の意思を堅持しながら生存し続ける思想だ。もし大楠公が赤坂城の戦いで「切腹」を選んでいたら建武の新政はなかっただろう。

 切腹という滅びの美学のみが「サムライ」ではない。大義のためには徹底的に持ちこたえ、いかなる悪名をこうむってでも、生き延びて戦い続ける精神が求められる事もある。この大楠公の精神は、反日勢力が跳梁跋扈する魔窟と化した亡国日本で、愛国者がいかに戦い続けるべきかの大教訓である。

日本人よ、「悪党」となる事を恐れるな!



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  by haigai | 2011-07-26 08:11 | 排害主義

排害主義こそ新時代の思想運動

排害主義こそ新時代の思想運動

絶対に向き合わざるを得ない異民族問題


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 NPO外国人犯罪追放運動の有門大輔理事長が、ブログ「極右翼評論」にて「在日問題」に対する意識の覚醒を書いたおられたのを興味深く拝読した。「在日、在日、在日」と、在日を盛んに問題視する後輩や、ブログに寄せられるコメントを見て、「『この人は何を在日、在日、在日と言っているんだろうか?』と訝しがっている内に、いつの間にか自分こそが在日、在日、在日と言っている立場になっていた!」というものだ。

 筆者自身も思い返してみると非常に思い当たる物がある。かつては先人に記された教条的な「大アジア主義」に流され、「アジア諸民族の団結と欧米列強の打倒」に思いを致した時期もあった。「日本は八紘一宇なんだから民族差別的言辞はよくない」と思っていた時期もあった。昨日のようでもあり、遠い昔のようでもある。

 これは筆者に限らず、排害社に身を置く人間には少なからず経験のあることではないだろうか。関西排害社のある同志は、二年前に在日特権を許さない市民の会が埼玉県の蕨市でおこなった「カルデロンデモ」を見聞し、「なんてヒドイ連中がおるんや!」と思ったそうだ。それがまさか一緒に運動をやるようになるとは思いもよらなかったそうだ。

 ではなぜそのように考えていた人間が、「ヒドイ連中」になったかだ。それはひとえに異民族の我が国への加速度的な流入である。端的に言えば、支那人朝鮮人という「もっとヒドイ連中」の流入こそが、わずか数年前まで「行動する社会運動」に嫌悪感すらもっていた人間をして、闘争の最前列へと駆り立てているのだ。

 これは換言すれば、「民族差別的言辞はよくない」だの「国際化社会だから多文化共生なんだ」というのは、異民族を知らないが故に言える全く実態のともなわない理想論である。左傾評論家のたぐいは物知り顔で「不況になれば排外主義が台頭する」と言ってみせるが、的外れな理屈だ。異民族の流入こそが国民を排害主義へと覚醒させるのである。

 排害主義に反対しながら、移民受け入れや多民族共生社会を唱える者がいる。火事に向かって、火を消そうとバケツに入ったガソリンを必死でかけているぐらいに滑稽な考えである。本当に排害主義に反対するならば、異民族の流入、とりわけ支那人朝鮮人など危険な反日民族の流入自体に反対すればいいのだ。

 これからも日本人が望むと望まざるとに関わらず、異民族の流入は続いて行くだろう。異民族の流入は、能天気に「多文化共生」「国際化社会」と口にしていた日本人の意識を大きく変える。日本や欧米列強の支那大陸進出が、支那人の民族意識に火を付けたように、異民族こそ新時代の“黒船”となる。誰しもがこの異民族流入問題と対峙し、向き合わざるを得なくなる。排害主義こそ新時代の思想運動なのだ。



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  by haigai | 2011-07-24 14:32 | 排害主義

なぜ日本には54基も原発ができたか?

無関心と自己中心こそが禍いのもと

なぜ日本には54基も原発ができたか?


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 3月11日の東日本大震災にともなう福島原発事故以来、日本全国津々浦々で「反原発」「脱原発」を叫ぶデモや集会が繰り広げられた。筆者ら排害社会員や、日本侵略を許さない国民の会の同志らは、何度も「反原発デモ」にカウンターを仕掛け、その圧倒的な数に驚きつつも抗議してきた。

日本にはこんなにも反原発派がいたのか!?

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 そしてついには菅直人総理大臣までもが、15日午前の閣僚懇談会で、個人の考えとしながらも「脱原発依存」を表明するにいたった。政治家たちも原発と自らの距離の取り方に必死である。それでも今後の日本に原発と原子力研究開発が必要であるという我々の姿勢は変わらない。問題なのは今、「反原発」を叫んでいる人間たちである。なぜこれほどまでに「反原発」「脱原発」がいるのに、日本には54基も原発ができたのか?

 現在日本には、北は北海道から南は鹿児島県まで、13道県に17か所の原子力発電所があり、54基の原子炉が存在する。これだけで4884.7万kWが発電され、日本の電力の約3割を賄っていた。日本は昭和三十八年十月二十六日に茨城県東海村で初めての原子力発電に成功して以来、ずっと原発を増設し続けてきた。この約五十年ちかくの間、いま巷を埋める「反原発派」はどこで何をしていたのか?

原発の電力供給を拒み、山奥で原始生活を送っていたのか?

そんな話しは聞いたこともない。

むろん、「反原発」を唱えていたプロの活動家たちもいた。

しかし、彼らは電力会社とどういう関係にあったのか?

原発ちかくのクラゲの数を数える仕事などを請け負い、莫大な金を電力会社からせしめていたではないか。

持ちつ持たれつの関係だったのだ。

「反原発デモ」を練り歩く人びとの姿は、山奥での原始生活の恰好ではなく、都市に暮らす人間の服装であった。彼らの圧倒的大多数は原発増設の約半世紀、何をしていたのか。「原発は危ない!」という声を聞き流し、「原発は安全です」「便利で快適な暮らしを送れます」という声に、曖昧に頷きながら、文明生活を送っていたのだ。それが3月11日の衝撃で、一気に「反原発」を叫び始める。あまりにもナイーブだし無責任だ。「暗黙の原発肯定」と「過剰なまでの反原発」には共通するものがある。無関心と自己中心だ。

 原発と良く似た存在として支那人がいる。きちんとコントロールできていれば、我々は便利で快適な生活を送れる。だから経済界の人間達や大学の経営者、政治家たちも支那人をいっぱい日本に受け入れようとする。「安価な労働力として必要だから」「学生数を確保するために留学生を」「これからは多文化共生の国際社会だから…」

 そう言われた国民の方も、たしかに居酒屋やコンビニ、牛丼屋で支那人が働いてくれてたら便利だよなぁ〜、観光客としていっぱい来てくれたら儲かるよな〜、それに国際社会だからなぁ〜…そんなものかと思って暗黙の同意をしてしまう。それで「支那人流入の危険性」を唱える人間に「差別だ」「排外主義だ」と冷ややかな視線を送る。

 もうお分かりだろう。日本列島に54基もの原発ができてしまった構造と、支那人が100万人ちかくも流入しつつある構造は、全く同じものなのだ。日本人の無関心と自己中心が支那人を日本列島に侵蝕させているのだ。原発と同じで、支那人もコントロールできなくなったら大変な事態になってしまう。世界の例を見るまでもなく、間違いなく民族衝突が起きる。

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 四年前の四月、イタリアのミラノでは支那人移民によって形成された「チャイナタウン」で、1000人規模の大暴動が発生した。これは駐車違反をした支那人女が逆上して警察官を殴り、連行されてしまった事に他の支那人達が逆上したものだとされる。他の国に行ってこんな事を平気で出来る民族が他にいるだろうか。プルトニウム級に危険な民族だ。しかも半減期がないから余計に厄介だ。

 無関心で自己中心な支那人受け入れが続けば、いずれ「反原発デモ」など比較にならないぐらいの「反支那デモ」が列島を席巻することになるだろう。しかしそうなってからでは、もはや遅いかもしれない。日本人の無関心で自己中心な性分を直さぬ限り、禍いは降り掛かり続けるだろう。



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  by haigai | 2011-07-15 17:32 | 排害主義

私は、支那人なんて認めない。

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暴力団拠点施設、撤去へ住民決起 神戸・長田区
 神戸市長田区の住宅街に進出した暴力団の拠点施設の撤去を求め、地域住民や長田署員ら約200人が3日、施設近くの小学校校庭で決起大会を開き、約2キロを行進した。
 長田署などによると、施設はタイル店の店舗兼住宅だったが、平成20年秋ごろ、山口組系暴力団の幹部名義で買い取られた。これを受けて地域住民らが「長田北部暴力団追放等協議会」を結成。追放に向けて決起大会を始め、今回で8回目となる。
 この日は、住民らが「暴力団は出ていけ」などとシュプレヒコールをあげながら施設周辺を行進=写真。近くに住む自営業の男性(71)は「孫がいるので、近所に暴力団関係の施設があるのは非常に不安。なんとしてでも追い出したい」と話していた。(産経新聞 7月4日)



 警察と住民が一体になった暴力団追放運動が強まっている。神戸に限らず、全国でおこなわれている。その暴力団が何か住民に迷惑をかけたというわけではない。ただ「暴力団」というだけで「出て行け」と追放運動をかけられるのだ。それも8回もやっているというのだ。マスコミも沈黙し、これを粛々と放送しているだけだ。ヤクザだったら人権なしとでも言わんばかりの暗黙の合意があるかのようだ。

 それほどまでにして「追放」の対象にされてしまっているヤクザだが、いったい何をやっているのか。平成二十一年に警察が発表した「暴力団構成員及び準構成員の罪種別検挙人員」を見ると、最も多いのが覚醒剤取締法違反の6153人である。これは他の検挙人員を遥かに上回る数で、覚醒剤こそが日本の暴力団にとって必要不可欠な資金源になっている実態が伺える。では、この覚醒剤はどこから来るのか?


覚醒剤5億4000万円分密輸入容疑 中国人を逮捕 
 覚醒剤を密輸入したとして、警視庁組織犯罪対策5課は25日、覚せい剤取締法違反(覚せい剤輸入)の疑いで、中国籍の会社員、傅金駒(フーカムクイ)容疑者(32)を逮捕した。
 同課によると、傅容疑者は「借金が190万円あった。取り立て屋から日本に行って荷物を受け取る仕事をすれば、借金が帳消しになるといわれた」と供述しているという。
 逮捕容疑は、1月31日から2月2日にかけて、段ボールに4袋に分けて詰めた覚醒剤約6000グラム(末端価格約5億4000万円)を香港国際空港から成田国際空港に航空便で密輸入したとしている。
 同課によると、傅容疑者は1月21日に短期滞在ビザで来日し、千葉市内のビジネスホテルや旅館に滞在。2月5日に滞在先の旅館で荷物を受け取った直後に、麻薬特例法違反容疑で現行犯逮捕された。同課は密輸入にかかわった人物がほかにもいるとみて調べている。(産経新聞 2月25日)



住吉会系組幹部を覚せい剤密輸指示の疑いで逮捕
福岡、熊本県警などは26日、中国から覚醒剤約2・4キロ(約1億9600万円相当)を密輸するよう知人に指示したとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで熊本県菊陽町、指定暴力団住吉会系組幹部、藤本良二容疑者(48)を逮捕した。
逮捕容疑は、菊陽町の建築業の男(50)ら2人=いずれも同法違反罪で起訴=と共謀し、3月3日、中国の武漢から航空機で覚醒剤を密輸したとしている。福岡県警によると、藤本容疑者は「知らない」と容疑を否認している。 (産経新聞 4月26日)



 ほかにも支那からは密入国者や拳銃、偽ブランド、海賊版コピー商品、闇タバコから薬事法違反のダイエット薬などが大量に入って来ている。とある新宿の現役ヤクザは筆者に、「よくも悪くも日本のヤクザ社会は中国なしでは成り立たない」と苦々しい現状を語ってくれた。

 ヤクザは抗争になった相手のヤクザぐらいしか殺さない。流れ弾や巻き添えで一般人が死ぬ場合もあるが、それでも戦後の暴力団事件による死者の数は数百人程度である。ところが支那人はチベットやウイグル、南モンゴルはじめベトナムや台湾で数百万の民間人を大量虐殺している。殺した数の0がいくつ違う事か。

 さらに自国民の農村出身者を奴隷労働者にして、安価で劣悪な商売道具を大量生産する。その出来上がった品々を世界中に売りまくる。紛争地に武器を売りさばいたり、貧困国には劣悪な食品や薬品をバラまいては暴利を貪っている。最低最悪の暴力団ではないか。

 ところが日本は、この支那人を「熱烈歓迎!」とやっているのである。まったく意味がわからない。それでいながら、細々とシノギを張っている任侠渡生の人を捕まえては、警察、住民、マスコミが一丸となって「暴力団追放!」とやるのだ。同じように支那人に向かって、「支那人はでていけ!」「支那人追放!」とやれば、「排外主義者!」「差別はよくない!」と言われてしまう。おかしな国だ。


入れない勇気

叩き出す勇気

私は、支那人なんて認めない。




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  by haigai | 2011-07-14 14:09 | 排害主義

「逆効果論」の究極の結論

「逆効果論」の究極の結論

きれいごと保守は今こそ極左転向せよ!


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 もう耳にタコなぐらいの話しなのだが、我々<行動する社会運動>や、右翼民族派運動に対して「過激な言動は逆効果だ」という批判がなされる。だいたいが「保守」を自称する人々であり、批判の内容も毎回例によって似たようなものである。「日本人らしからぬ」「下品だ」「国民が嫌悪感を持つ」「逆効果だ」…云々と。

 日の丸を持って過激な言動をすれば、逆効果を与えてしまいマイナスだというのだ。なので、お上品に、礼儀正しく、理路整然と、粛々と大人しくやれ、というのが彼らの主張だ。先の六月五日におこなわれ、我々も参加した拉致被害者救出デモについても、「朝鮮人は殺せ!」とか「叩き出せ!」とか言ったことが、「拉致被害者救出運動に対して敵対だ」と勝手に怒ってるオッサンもいた。

その無駄な怒りを朝鮮に向けろ。

 日本人を拉致して殺害した朝鮮人には、いくら罵声を浴びせても足りないぐらいである。火炎瓶や石つぶてを浴びせられないだけ朝鮮人は感謝すべきだろう。自国民の1割以上にあたる300万人を餓死・処刑しても、平然としている金正日と、それを打倒できないどころか、「マンセー」とやっている愚かで無能な朝鮮人。それに対して、怒りの声を上げるのは当然である。

 そんなものを相手にして、「我々はもう待てない!断固として徹底的に話し合うぞー!」と叫び続ける救出運動は、十年の歳月を経てもなんらの進展を見せようとしていない。その政府の惰弱と、北朝鮮の横暴に対して、激しい怒りの声をあげることを、きれいごとな人々は「逆効果だ」と断ずるのだ。ならば結論は簡単だ。
あなた方が「極左」に“転向”すればよい。

 過激で下品な運動が逆効果だと言うのだから、逆効果で成果を出して頂こう。

 まずはネット上や新聞雑誌で大々的に「転向声明」を発表する。JR総連、革マル派の松崎明だって「転向」しているのだから、容易いだろう。日の丸を北朝鮮国旗や五星紅旗、赤旗に持ち替える。ファッションは西成の労働者をモデルにコーディネート。背広やオシャレな服は厳禁。靴は左右別のもの。風呂は省エネのため一ヶ月に一度。ヒゲは剃らない。デモ行進は歩きながら酒を飲み、みんな好き勝手に叫ぶ。ただし愛国的・右翼的発言は不可。

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以下シュプレヒコール案

「朝鮮民主主義人民共和国を守れ!」

「拉致運動に名を借りた排外主義を許さないぞ!」

「朝日人民は金正日将軍を支持するぞ!」

「北朝鮮の核兵器保有を支持するぞ!」

「日本政府は共和国恫喝をやめろ!」

「北朝鮮に文句をつけるキチガイを殺せ!」

「拉致問題に固執するバカを叩き出せ!」

「朝日友好の敵を収容所に叩き込め!」

「憲法九条に反対するクズを殺せ!」

「北朝鮮敵視の日本政府くたばれー!」

「金正日将軍まんせ〜〜!!」


 このデモをひたすら全国各地で展開する。制止する機動隊には唾でもかけてやれば良いし、野次を飛ばした右翼反動分子は即座にその場で人民裁判にかけて半殺しにすればよい。赤旗をファシストの血に染めよ。<行動する社会運動>の言動が「逆効果」だというのだがら、この方式のデモは絶大な効果をもたらすはずだ。「逆効果」論者は、いつまでも人の運動を「逆効果」と言っていないで、自ら身をもって、逆効果で成果を出せる過激な運動をやればよいのである。

きれいごと保守は今こそ御国の為に極左転向せよ!


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  by haigai | 2011-06-16 08:02 | 排害主義

「中には良い支那人もいる!」

「中には良い支那人もいる…」

そんな屁理屈に騙されるな!


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 弊社をはじめ、行動する社会運動に対しては様々な批判がございます。とくに“綺麗ごと保守”な人たちから多いのが、「中国人や朝鮮人の中にも、良い支那人や朝鮮人もいる」というものです。これを言う人が不思議と多く、一般人から保守系団体、「新右翼」にいたるまでいます。おかげで耳にタコができそうです。

 言われた方も、「確かにそうだろうけど…」なんて言って、口ごもってしまう人もいるのです。これもこれで情けないことです。今回は、この「中には良い◯◯人もいる…」という論法に対する所見を綴ってみたいと思います。支那人の場合、そりゃあ14億近い人口がいるのですから、それこそ「中には良い支那人も…」いなければオカシイでしょう。

 では、その「中には良い支那人もいる」と主張する方々には、以下の点について答えていただきたいのです。

★良い支那人とは何か?
 筆者の知り合いの右翼活動家が、「良い支那人もいるよ!」というので、「どこで会ったのですか?」と聞いてみたら、「刑務所の雑居房」と言っていた、などという、落語のネタ並の話しもありますが、良い支那人とは何でしょうか。上記のような支那人は別として、まずは日本の法律を守り、税金を納めている事…などが挙げられるでしょうか。

 では、三年前の長野聖火リレーで五星紅旗を持って大暴れしていた支那人たちは、良い支那人でしょうか。彼らは誰も逮捕されていませんから、警察的に見て、彼らの行為に問題は“なかった”のでしょう。そして彼らも、長野から戻れば、普通にコンビニでレジを打ち、牛丼屋でドンブリを運び回っていることでしょう。「良い支那人」というのは、極めて主観的な思いであり、明確な基準付けは難しいでしょう。

★良い支那人は何人まで日本に受け入れるか?
 いま支那人は激増の一途を辿っています。その数は十年前の3倍近くに伸び、在日韓国朝鮮人の総数を抜き去って、我が国最大の在日民族勢力になりました。その数は全国で80万人で、首都東京には15万人とも言われています。この数は、観光ビザ緩和と、支那の一人っ子政策の転換、政府の留学生・研修生受け入れ拡大によって、ますます増加に拍車をかけることでしょう。

 そうした時に、「良い支那人」は何人まで日本に居て良いのでしょうか。自民党中川秀直らは「1000万人移民計画」を画策していました。石原慎太郎は更に、「移民法」を制定し、日本をアメリカ並の多民族国家にせよと主張しています。幸福の科学を母体とする、幸福実現党は「移民大量受け入れで人口3億人」を掲げていました。どの数にしろ、日本にそれだけの移民を“輸出”できる国は、現時点では支那ぐらいです。

 また、天安門事件で国際社会が支那を批判し、国際的な投資と援助に枯渇した支那の鄧小平は「中国が崩壊すれば、億単位の難民が日本、香港、東南アジアに流入するぞ」と国際社会を恫喝しています。支那にとって膨大な人口は、政治的兵器でもあるのです。

 さて、「良い支那人」は何人まで受け入れて良いのでしょうか?

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 この「中には良い◯◯もいるから…」として、その枠組みに該当する集団全体への批判を遮らんとする論法は、その◯◯の部分に何が入ろうとも、論理の整合性が取れなければなりません。つまり、◯◯の部分に入るのが「ヤクザ」となろうが、「排害社」だろうが、同じ事が言えなければ、論理の整合性が無くなるのです。

「中には良いヤクザも居る」
 そうです。昔ながらの任侠道を守り、渡世の道を静かに歩んでおられる侠客もいらっしゃる事でしょう。「中には良い◯◯もいるから…」という方は、いま日本全国で進む「暴力団追放推進運動」なる、排外主義ムキ出しの運動に、是非とも反対してください。

「中には良い排害社会員も居る」
 代表はロクデナシですが、会員の中には真面目で地道に頑張っている人もいます。なので、「排害社はどうのこうの!」なんて言って批判している人がいたら、「中には良い排害社会員も居るのに、何て事を言うんだ!」と叱ってやってください。

 オウム真理教だろうが、統一教会だろうが、東京電力だろうが、焼肉酒屋えびすだろうが一緒です。この論理は一部の例外を根拠に、全体の本質から目を背けてしまった理屈なのです。

 ちなみに、皆さんの知っている「良い支那人」たちですが、彼らも去年七月に施行された「国防動員法」の適用対象となります。もし、この「国防動員法」が日本向けに発動された際には、皆さん方の知っている「良い支那人」が我々に銃を向けるのです。


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  by haigai | 2011-05-10 22:41 | 排害主義

生活保護に群がる寄生虫外国人

「収入は生活保護、扶養者は区役所」

まさに日本に群がる寄生虫外国人!!


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収入は「生活保護」 外国人29人が大阪入管に申告
2005年度以降に入国し、大阪市で生活保護を受けている外国人29人が、入国時の収入見通しなどについて「生活保護」などと大阪入国管理局に申告していたことが、市の調べで分かった。市は、外国人らが保護費受給を前提に入国したとみて、入国の経緯などを調査する方針。
 市は、05年度以降に入国▽入国後3カ月以内に生活保護を申請▽現在も保護費を受給——の条件に該当する中国、フィリピン、ベトナム、タイ、米国、韓国人ら61人を調査。市が入管の書類を確認したところ、うち29人は、日本での収入見通しに「生活保護」、身元保証人の職業記入欄に「無職」、扶養者欄に「区役所」などと記載していたケースがあったという。
 入管法は、貧困などで国や地方公共団体の負担となるおそれのある者の上陸を拒否すると規定。市は29人が同法に抵触する可能性もあるとみて、調査を続ける。一方、大阪入管は取材に対し「個別の案件には答えられない」としている。 (朝日新聞4月23日)



 正真正銘の寄生虫である。
 しかも入国後3ヶ月以内に生活保護を申請しているのでは、どう考えても生活保護を目当てに入国したと考えられ、日本での生活が立ち行かないのであれば、母国に帰るべきだろう。日本人にとって、生活保護の金額は少額であっても、貧困国から訪れる外国人にとっては、大金である。

 支那人の平均月給が3万円ほどと言われているが、12万円の生活保護を受給すれば母国の平均月収の4倍である。現在、東京や大阪の繁華街で配られている支那人の新聞には、「子ども手当」の貰い方から、生活保護の受け方までが詳しく掲載されていたり、それを手引きする売国行政書士の広告がひしめいている。日本はフカヒレや北京ダックよりも美味い喰いものなのだ。

 今年の三月二十六日に産経新聞が報じるところでは、平成21年度に世帯主が外国籍で生活保護を受けた人は6万952人に上っている。なんと東日本大震災の避難者の三分の一以上に匹敵する規模である。それでいながら、日本では年間3万人の人間が自殺している。その内の何割かは経済的な理由である。日本人が弱きに過ぎる側面もあるだろうが、極めて歪な状態である。

 そもそも生活保護とは、日本国民にのみ支給されるものであったはずだ。ところが、昭和29年に厚生省社会局長通知で、「正当な理由で日本国内に住む外国籍の者に対しても、生活保護法を準用する」と言う物が出されてしまった。「正当な理由」というのも極めて怪しいものであるが、これを楯に密航して来た在日朝鮮人たちまでもが「強制連行されてきた」などと喚き、様々な利権を手にして行った。

 さらに朝鮮人の利権に目を付けるのは支那人で、朝鮮人が日本社会で得て来た利権構造に、そのまま自分たちも便乗する形で食い込んで来る。それを眺めていた他のフィリピン、ベトナム、タイも同じような事を考える。かくして、被災地では避難者が「避難所で衣食住が足りているから」との理由で生活保護を断られ、外国人には税金垂れ流しという狂気の国家ができあがった。

 これこそが反日勢力のいう「共生社会」の実態ではないのか。「共生社会」という実態も主体も不明な概念を、共同体の中にムリヤリ作り出そうとした児戯の末路とも言うべきことである。主体の曖昧な「共生社会」は、人間の悪意と、異民族の特質に対する本質的理解を欠落させているが故に、伝統的社会秩序を崩壊させるに至る。

 「ルールを守りながら国際化」と言ったところで、法の原則論など如何に掲げた所で焼け石に水である。実際に、憲法で禁じられた軍備の保持が、なし崩し的に現在の自衛隊という歪な存在を構築している現状を直視するべきだ。「現実」は往々にして「原則」を踏み越える事が存在する。

 最初は少数の「特別永住者」に、ちょっとだけ生活保護を出してあげるつもりだったものが、日本人が弱腰で怠慢であったが故に、半世紀以上にも渡って、むしられ続け、その利権は肥大化を重ね、ついには諸外国から日本の財布目当てにタカリに来る者まで出る事態となった。いま必要なのは原則の抜本的強化である。

★外国人への公金支出打切り
★貧困外国人の入国拒否
★帰化要件の厳格化
★反日的外国人の国外追放
★犯罪を犯した帰化人の国籍剥奪


 今回の大阪入管の問題は、これから起るであろう、悪夢の「多文化共生社会」の前哨戦にしか過ぎない。芽は小さいうちに全力で摘み取るべきだ。日本人の弱さが現状を招いた事を思えば、いま臆する事は更に重大な結果を招来する事となる。戦え日本人!

寄生虫外国人を叩き出せ!!



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  by haigai | 2011-04-26 14:16 | 排害主義

3・1朝鮮独立運動を称える左翼の奇態

3・1朝鮮独立運動を称える左翼の奇態

侵略の論理としての多民族共生を撃つ!


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 2月26日、東京の文京区民センターで毎年恒例の「3・1朝鮮独立運動日韓連帯集会」が開催された。相も変わらず、慰安婦がどうのこうの、在日朝鮮人が差別されている、日本が朝鮮を侵略した云々と、愚にも付かぬ金属疲労を起こしたような主張を繰り広げる反日集会である。

 これに対して、在特会の呼び掛けに応じて、多くの有志が抗議行動に集結。弊社同志らも参加して怒りの声を叩き付けた。反日左翼と不逞朝鮮人どもは、建物三階に浅間山荘のように立て篭り、まるで出てくる様子を見せなかった。そもそも、他国に来て住ませてもらえる事に感謝の意を示すことなく、一方的に勝手な主張を並べ、金や利権を求める連中を「寄生虫」と呼ばずして、なんと言うのか。

 連中が毎年の如く称えている「3・1朝鮮独立運動」だが、これは大正七年に朝鮮半島で、天道教、キリスト教、仏教などの代表者らが集まり、京城の中心部で「独立宣言」を朗読することで、全国に波及した騒乱である。「平和」「非暴力」を口実として始まった運動は、瞬く間に暴徒と化し、警察署・村役場・小学校などへの襲撃が繰り返され、放火、投石、暴行が相次いだ。

 これらの騒乱により、日本側に死者8名、負傷者158名が出ている。むろん、朝鮮人側にはこれ以上の犠牲が出ているのだが、この「独立運動」とは、まさに日本人に対する「排斥運動」ではなかったのか。それこそ彼らが現在において批判する「排外主義」とどう違うと言うのだろうか。

 では、なぜ朝鮮人は日本人を排斥するのか。当時の歴史的経緯からも見てみよう。日露戦争前、当時の韓国皇帝の高宗らはロシア大使館の中に逃げ込み、ロシアの庇護のもとで暮らしていた。それ以前は、清朝のもとで「属国」の地位に甘んじていた。中華主義の華夷秩序に自らを組み込む事で安住していたのである。そうした朝鮮にとって、化外の地である日本に支配されるのだけは許せなかったのだろう。

 清国に対しても、ロシアに対しても、3・1独立運動規模での抵抗など見せてはいない。従順な姿勢のもとに媚びて自らの保身に汲々としていたのである。その相手が日本となるや、たちまちに牙を剥いて騒乱を起こし、日本の官民を殺傷する。これこそ“民族差別”と言わずして何なのか。

 「日本人はイヤだ」「日本人嫌いだ!」そう言って、かつての朝鮮人らは「3・1朝鮮独立運動」に蜂起し、支那人は「抵制日貨」を掲げ、排日運動を実行したのである。日本の左翼はこれを「独立運動」として称え、返す刀で我々が展開する運動を「差別だ」と罵る。支那人朝鮮人の排外主義は良くて、日本人の排外主義はダメ。まさに彼ら自体が最大の民族差別主義者に他ならない。

 では、「3・1朝鮮独立運動」や「排日運動」の意義を認めたとしよう。誰しも異民族に支配されるのは、気持ちのいいものではない。一民族の生活圏の保護と、民族の独立を前提におくものと考えよう。ならば、彼らが絶対に訴えてはならないのは、「多民族共生」である。

 支那人、朝鮮人は、かつて大陸や半島にやってきた日本人に対して、「日本人でていけ!」「侵略だ!」と言って、これを排斥したのである。共生を拒否したのだ。それが今頃、日本にやってきて「共生しろ!」とゴネルのでは丸で理屈が通らない。自分達の国で相手と「共生」するのはイヤだけど、相手の国に行って「共生」したいというのなら、それこそまさに侵略者の論理である。

 蒙古襲来を振り返って欲しい。あの時、蒙古軍の手先となって日本人を殺戮しまくったのは、朝鮮人たちであった。彼らは常に大陸の尖兵となって日本に押し寄せて来る。現在も彼らが声高に様々な利権や特権を求めているが、これは必ずこれから激増する支那人の物になることは必定である。

 甘い「共生」の言葉に騙されてはならない。我々は今こそ、「排害主義」の旗を掲げて独立運動に蜂起せよ。「共生」の名の下に日本を侵蝕する侵略者どもを叩き出せ!!


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  by haigai | 2011-02-28 13:10 | 排害主義

「共生論」の陥穽を突く!

多文化共生のインチキに騙されるな

欺瞞まみれの「共生論」を捨てよ!


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 「共生社会」…とても良い響きに聞こえてしまう言葉には毒がある。マルチ商法、教材商法、内職商法、健康食品、結婚詐欺に、ねずみ講…あらゆるインチキものは綺麗な言葉から入ってくるのだ。菅直人の頭よろしく財布の中身もスッカラカンになってからでは、後の祭である。「共生論」もこうした物と同じぐらいにタチが悪い。

 昨年来、在特会の八木康洋副会長が写真のプラカードをお持ちになっておられる。「多文化共生のインチキに騙されないぞ!」「反日左翼よ、エンゲル係数の世界王者 桜井誠と共生してみろ」

 そうなのだ。桜井会長と“共生”するのは至難である。最近はダイエットに成功されたと言えども、大食いの上に美食家なのだ。一緒に食べて“割り勘”だったら大変なことになってしまう。ついでに言うならば、弊社代表は「反米や親米よりも飲兵衛」を自称する飲んだくれであり、人を「三次会に行こう」と誘えば「三次会ならぬ“惨事会”になる」と、“共生”を拒絶されて逃げられている。

 とかく「共生」とは難しい。他にも個性やアクの強いキャラはわんさか魔窟の如くいるが、常日頃より「共生社会」を叫ぶ人々は、彼らと「共生」できるのだろうか。支那人や朝鮮人とは“共生”するが、日本人で思想が違えば“共生”できぬと言うならば、それこそが彼らの言う「差別」であり、最初から共生論など破綻しているのである。

 或いは、「外国の方々との共生社会を守るために、排外主義者を排除するのは当然だ」と開き直る。ならば、「排外主義者」も「日本人の安全な共生社会を守る為に無法な支那人朝鮮人を排除する」権利を主張する。当然きわまりない事だ。ここは日本列島であり、我々は日本人なのである。

 「排外主義に反対」を叫ぶ人間の多くは、単なる「排外主義」の焼き直し、裏返しの劣化コピーを叫んでいるに過ぎないのが実情である。ここに「アンチ排外」の限界がある。

 更にもっと言及すれば、彼らは「共生」の名の下に「支那人朝鮮人の立場に立脚した排外主義」を叫んでいるのである。「排外VS共生」が争っているのではない。単に「(日本人に根ざした)排外VS(支那朝鮮などに立脚した)排外」が争っているのだ。

 その前提には支那人朝鮮人が弱い民族だとの前提があるが、その前提には何の根拠も無い。せいぜいがチマチョゴリ切り裂きなどの、都市伝説が瓢箪から駒程度に出てくるのみだ。『創世記』章中に「天は人の上に人を作らず」と言えども、全ての国家、全ての民族に自ずと力の差有り。

 ボクシングではあるまいに、その力量差を均等に埋めるのは不可能である。国家民族の関係は悲しいかな、宜なるかな最も冷厳にして野蛮である事は、その是非を問わずに認めねばならない所である。故に、一方をして片方に「共生」を求めるならば、それは必ず不均衡から確執を招くのは人類史に見える当然の理である。

 そうした中にあって、異民族に拠らず「自民族本位の立場に立脚した排害主義」を説くのは理の当然であり、何ら非難される謂れのある物ではない。むしろ民族の名において糾弾されるべきは、「反排外」の立場を騙り、「共生」の名の下に異民族との共生を“強制”せんとする、異民族の代弁者と化した輩たちだろう。

 大阪府茨木市と茨城県牛久市には、不法滞在者を収監する入国管理センターが設置されている。ここで収監された外国人達についてサヨクなどが、「文化や言語、宗教や民族も違うのに、同じ雑居房に収容するのは人権侵害」と言っているが、自己矛盾も甚だしい。

 それでいながら、国内の共生論者は、絶え間なく「共生」を口にしつつ、同じ口で我ら行動する社会運動に向けて悪罵の限りを投げつけてくる。こうした矛盾まみれの共生論に騙される者は、ネズミ講にひっかかる人などよりも遥かに知能が劣悪である。


多民族“共生”にNO!

共生論のインチキを粉砕せよ!

反日左翼よ排害主義者と共生してみろ!



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  by haigai | 2011-02-02 00:30 | 排害主義

日本を構成する者とは誰か?

日本を構成する者とは誰か?

移民受入れの先にあるものを見据えよ


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 過日、繁華街を歩いているとガチャガチャを見つけた。題して「日本のカメ」というもの。全10種類のカメの模型が入って、一回300円と少々高いが、何となく心魅かれてしまい、危うく財布の小銭を消滅させてしまうところだった。しかしこの「日本のカメ」の表紙で一番大きく存在感を放っているのはミドリガメである。

 縁日の亀すくいや、ペットショップなどにも500円玉ぐらいの稚亀が大量に出回っているので、馴染みの方も多いだろう。この「ミドリガメ」というのは俗称というか“通名”というか、本名をミシシッピアカミミガメといい、出身地はアメリカ南部である。

 いまや川から近所の公園の池にいたるまで、亀がいると思えば、ほとんど圧倒的に、ミシシッピアカミミガメなのである。悪食で繁殖力の強いミシシッピアカミミガメは、日本の環境に適応し、大増殖した。日本の在来種であったイシガメなどは、上図のごとくミドリガメに追いやられて影が薄く、ほとんど見かける事もない。こうした現状を踏まえて、この「日本のカメ」のパッケージを眺めると、なんとも皮肉な感じがする。

 しかし、何よりも我々が考えなければならないのは、こうした「日本のカメ」と同様の問題が、我々人間世界にも起きている事実である。それは支那人の爆発的な増加である。ここ十年で在日支那人の数は倍増している。日本政府は去年、観光ビザの緩和(年収80万円の世帯にまで)を行ない、相連動するかのごとく中共は、一人っ子政策に反して生まれた二人目の子供にも戸籍を付与する方針を明らかにした。

 こう言えば、「法律を守って住んでいる善良な中国の人は別にいいじゃないか」と、物わかりの良さそうな事を言う人がいる。その都度、筆者は「では善良な支那人は何人まで日本に住んで良いのですか?」と聞き返している。今のまま行けば、十年後に在日支那人は200万人を越え、80年後には日本民族の人口と互角の数になる可能性すらある。

 「善良な中国人」であれば、千万人でも二千万人でも無限に受入れるとでもいうのだろうか。鳩山由紀夫が「日本列島は日本人だけのものではない」と発言した事に見られるように、そうした無責任・無秩序で放埒なる考え方を是とする向きもあるだろう。

 けれど、我が国は長らくこの列島に、アイヌ、琉球などの諸民族と共に暮らしつつも、ほとんどが日本民族であったがために、誰が日本を構成する者か?という問い掛けに対する考えが欠落してしまっているように思えてならない。いま我々が問わなければならないのは、「支那人を日本の“構成民族”にするのか、否か」である。

 従来、我々が共に暮らして来たアイヌ、琉球などと大いに気質も文化も異にし、何よりも圧倒的な“構成比率”と、影響力を持っているのだ。東トルキスタンを引例するならば、1949年の時点で東トルキスタンの人口はウイグル族が76%で、漢民族は7%であった。それが現在では半数以上が漢民族になったとも伝えられている。漢民族が東トルキスタンの“主要民族”になってしまったのだ。

 これと同様の事が、我が国で進行しつつある。しかし、日本では「支那人が日本国の構成民族になる」、「支那人が日本の主要民族になる」という事に対して、コンセンサスなど全く得られていないのが現状ではないか。ただ美辞麗句としての「共生」や「国際化」の垂れ流しの果てにあるのは、上にあげた「日本のカメ」同様、外来種の支那人に駆逐され、隅に追いやられた「日本の民族」の末路である。


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2月1日、烏丸丸太町と京都地裁に結集せよ!
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  by haigai | 2011-01-30 13:04 | 排害主義

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