カテゴリ:排害主義( 66 )

 

日本人は強くなれる

日本人は強くなれる!

立ち上がる勇気こそが祖国再建の鍵

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 戦後六十五年、日本人は弱くなった、ダメになったと言う事はたやすい。そして、それを証明する資料も数字もあるだろう。けれど、この約十年間、そしてその中でもとりわけこの三年間、日本人は少しずつだが“強く”なりつつあるのではないだろうか。
 否、少なくとも“強さ”を求めている事は揺るがし難い事実だと思う。



 いまでこそ、拉致被害者救出運動は、政府も取り組む官民挙げての物となっている。(まぁ、民主党だから期待すべくもないが)しかし、約十年前、北朝鮮に拉致された被害者の救出運動は、本当に細々としたものだった。各地で拉致被害者救出署名活動に取り組んでいたのは、行動右翼の方々が少しだけだった。通行人はほとんど署名も反応も示さなかった。

 家族会の方々が訴えても、耳を貸す人は少なかった。「北朝鮮が何で拉致なんかしなきゃいけないの?」と眉をひそめる人もいた。そして、署名を集める横田ご夫妻に朝鮮総連の人間が暴言を浴びせて生タマゴを投げつける事もあった。今なら大騒ぎになるだろうが、当時は全く問題にされなかった。

 むしろ、メディアが「北朝鮮」と報じる事の方が問題にされ、朝鮮総連の圧力で「朝鮮民主主義人民共和国」と呼ばされ、現在のように金正日を「将軍サマ」と茶化した報道など有り得なかった。それぐらいに、十年前の日本は今以上に朝鮮に対して萎縮していた。



 靖国をめぐる景色も変わった。十年以上前の八月十五日、参拝客は今よりもずっと少なかった。左翼の反靖国デモもやりたい放題。少数のアナキスト系グループや極左などが、靖国神社の至近距離まで来て、大騒ぎするのも恒例行事で、警察も大して取り締まらなかったし、これに抗議する参拝客も少なかった。

 当時、靖国を冒涜しに来た左翼を、ぶっ飛ばしに行った人は「保守派の連中からガラが悪いと言われたよ」と苦笑いしていた。その景色が変貌を始めるのは九年前の小泉純一郎総理による靖国神社参拝だろう。この時、小泉は前倒しで十三日に靖国参拝したが、これを巡る中韓の露骨な内政干渉は、日本人のささやかな民族意識に火をつけたのだろう。

 
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 過去最高の二十万人を超える参拝者が参列し始めた。しかし、まだまだ多くの人は、左翼や朝鮮人の靖国冒涜と、それに抗議する右翼民族派の行動に、眉をしかめながら、「どっちもどっち」と反応して見せるだけだった。それが徐々に変わり始めたのが、約三年前からだ。左翼の反靖国デモへのカウンターに市民が立ち始めた。

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そして決定的だったのが、去年、平成二十一年の八月十五日。九段下に集結した五百人を優に越える市民の大群衆、林立する日の丸の波が、例年にわたり反靖国デモを行なって来た反天連のデモ隊に突撃し、これを蹴散らしたのである。



 いまや、動画サイトを見れば<行動する社会運動>の各流各派の様々な映像が見られる。その走りとなったのは、何かと言えば、三年前の平成十九年参議院選挙に維新政党・新風から立候補された、せと弘幸氏の選挙活動の映像だったのではないかと思う。

 「気合いの新風」と名付けられた約10分の、この動画は、せと氏が朝鮮総連本部前で在日朝鮮人糾弾の演説をする所から始まり、お次ぎは創価学会のお膝元、信濃町駅前で創価学会=公明党批判の演説をやって、最後が新宿歌舞伎町を「不良外国人追放」を叫んで練り歩く様子で終わる。

 たった10分の映像だが、身を挺して日本のタブーに斬り込む姿は、もの凄い反響を呼び、映像は削除に次ぐ削除も何のその、通算50万回ほど再生されたと言われている。

しかし、今やどうか。チーム関西は「公民館」の、京都朝鮮総連本部に突入し、日護会は創価学会本部前で「豆まき」をやり、主権回復を目指す会や、NPO外国人犯罪追放運動は、池袋チャイナタウンに乗り込んでいる。

そして見る方も、それはある程度、見慣れた情景になりつつある。
こうした事から、日本人は強くなれると確信する。しかし、率先して誰かが始めなければ、それは期し得ない。「今はそんな時期じゃない」と時期尚早論を積み重ねていては、永遠にそんな“時期”など到来しないのである。排害主義運動の本質もそこにある。

日本人は強くなれる!

立ち上がる勇気を持ち、

叫び続ければ必ず実現する!!



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靖国神社防衛行動のお知らせ

13日
朝六時から靖国神社第二鳥居周辺集合。
昼頃まで靖国神社社頭の警戒にあたります。
暑さ対策として帽子・水分補給は各自で用意してください。
安全靴、スニーカーなど動きやすい恰好推奨。
チマチョゴリなど日本にそぐわない恰好はご遠慮ください。

14日
前日同様、朝六時から靖国神社第二鳥居周辺集合。
十一時頃まで警戒にあたり、十一時から靖国会館でおこなわれる「支那の侵略から日本を護る国民集会に参加。

15日
十四時半に九段下交差点に集合。
靖国神社と英霊を冒涜する反天連のデモを迎撃します。
暑さ対策として帽子・水分補給は各自で用意してください。
安全靴、スニーカーなど動きやすい恰好推奨。
チマチョゴリなど日本にそぐわない恰好はご遠慮ください。
排害社の黒色排害旗数本を用意しておりますので、持っていただければ幸いです。



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  by haigai | 2010-08-12 12:29 | 排害主義

冷笑と偽善こそ亡国の真因

冷笑と偽善、無関心こそが国を滅ぼす

愛国者は悪名を恐れず声あげよ!


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 関西の同志ら逮捕から一夜明けた。筆者は運動の世界にカレコレ数年も携わっているが、慣れない物といえば、懇親会の席での老人の長ーい挨拶と、仲間の逮捕である。こればかりは何度経験しても慣れない。

「在特会幹部ら、逮捕」のニュースを聞きかじった人間が、ネットの掲示板や自分の日記で偉そうに批判を書きなぐっている。また、テレビや新聞のコメンテーターからアナウンサーまでもが、したり顔で批判の言辞をもっともらしく並べたてている。

「子供たちを標的にするなんて許せない!!」

 こういった類いの意見がアチコチに溢れかえっている。本当にオメデタき国である。右も左もノンポリからノータリンまでもが等しく口にして、自分を善人の座に据えようと頑張っている。

 こうした風潮の一端を見やって、尖閣諸島や竹島に小学校が出来るのもそんなに遠くはあるまいと思ってしまった。我々日本人が「子供が」「弱者が」と感傷的な偽善に耽溺している隙に、周辺諸国の政治家たちは、しっかりと算盤勘定を弾いているのである。

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 竹島や尖閣諸島を軍隊が占領する事には反発が大きい。
 だったら日本人が同情してくれる小学校を建設する。そして、内地から数十人の児童を移住させて住ませる。それがそのまま、中学、高校と上がって行くに従い、学校の授業で軍事教練を行ない、その子達が成人して軍隊に就職し、そのまま島で“勤務”をはじめる。

 それでもまだ「子供たちを標的にするなんて許せない!!」というのだろうか。「そんな事おこるわけない」と言うかもしれないが、朝鮮学校は北朝鮮の工作機関に組み込まれている事は周知の事実である。

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(今年3月28日、京都市で同志のデモ隊に襲いかかる朝鮮学校関係者ら)

 北朝鮮の工作機関である統一戦線部の元幹部である張真晟氏は、
「朝鮮学校は、対日政治工作部門の指導を受けて金日成、金正日父子神格化の政治教育を行っている。通常の外国人学校とは異なり、北朝鮮政府の教育省の下ではなく、労働党の工作機関である統一戦線部の管轄下に存在し、教育機関というより工作要員養成機関に近い」と証言している。上記の例え話を地で行っているようなものだ。

 まさに「スパイの子たち」じゃないか。

 これが公園をグラウンドとして使っていた事を咎めたのがいけない、可哀想だ、とする意見がある。しかしそれは、親が盗んで来たオモチャを子供に与える。それを他人が来て、オモチャが盗品だからといって取り上げるのは子供が可哀想だ——とする主張と同一である。

 在日朝鮮人の総数は年々減少している。しかし、支那人が急増の一途を辿っている。もしこれから、同じ事態が支那人の親とその子供達によって、日本各地の公園、河川敷、空き地、無人島、廃屋、山間部、原子力発電所近辺、自衛隊基地隣接地で発生した場合どうするのか?

「そんなの行政の仕事でしょ」
と言う者がいる。そう、まさにその通りなのだ。本来、こうした事態を予防し、事が起これば排除したり、きちんと事態を解決して日本の国益を護るのが行政の仕事である。

 ところが、その行政の機能が麻痺しているのが現在の日本である。

 では、どうするか?
 国民が立ち上がるより他に無いではないか。古今東西を問わず、国家・政治・行政が不作為と機能停止に陥った場合、それを補おうとする働きが民間から生まれて来るのは当然の事である。それすらも起きなければ、国家民族は滅亡する。

「在特会の主張はどうあれ、こういったやり方はいけません」

 といったアナウンサーが居た。彼に限らず、「こういったやり方はいけません」と幾人もの人間がネットやテレビで仰っていた。そういった方々は是非自ら率先して
「正しいやり方」を実践していただきたい。

 何も難しいことではあるまい。自分と同じく「こういったやり方はいけません」と思っている人がいっぱいいるのだから、“同志”はすぐに集まる。それで運動をはじめればいいのだ。

 相手が子供を楯にしたらそれを避け、法律にも違反せず、相手の暴言や恫喝、不条理な言い分にも堪えて、マスコミに取り上げられもせず、警察の過剰な弾圧にも従い、苛立つ気持ちと暴言を抑え…

 それで、在日特権を撤廃させ、民団や総連、支那中共の内政干渉を阻止し、反日左翼と売国政党を沈黙させられるのなら、どうぞ実践していただきたい。それが結実したのなら、
僕は即座に排害社を解散させる。


行動しない者の冷笑主義、

行動なき偽善者の綺麗事、

そして大多数の無関心こそが、

国家民族滅亡の真因と知れ。



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  by haigai | 2010-08-11 11:30 | 排害主義

悪しき「美徳」を捨てよ!

 本ブログが開設以来、わずか2週間で「人気ブログランキング」政治部門の30位台にランキングした。競争の激しい政治部門の中で、短期間でこれだけの応援を頂けた事に驚いている。

 まだまだ微力ではありますが、排害社十大目標の中に掲げた、
「排外主義、差別、レイシズムという言葉に思考停止しない言論構造の構築。」
「排外主義を正々堂々と掲げる事によって、日本人の常識の枠組みを拡大させる。」
「排外主義に市民権と社会的勢力を獲得させる。」
といった目標に向かって、ほんのわずかですが、歩みを進められた物と思います。

 これもひとえに、排害主義の台頭に期待を抱いておられる、少なからぬ読者の方、運動や他ブログの同志、皆様からのご支援の賜物であり、この場をお借りして、深く御礼申し上げますと共に、今後とも「排害主義者宣言」へのご支援を宜しくお願いします。


m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m 




 さて、応援もあれば、批判もある。
 排害社もそうだが、<行動する社会運動>は、各方面からの非難囂々、耳に出来たタコをタコ焼きに出来はしないかと考えて、ほくそ笑んでしまうぐらいの、ご批判を頂戴している。

 特に「右翼民族派」や「真性保守」と称せられる方々からの批判が多い。
「下品だ」「やり方が極端だ」「日本人らしからぬ」「日本人の美徳を感じられない」……表現は様々だが、つまりは「日の丸を持っているクセに日本人の美徳が感じられない」という事だ。

 では日本人の「美徳」とは何か???
 かつてネットで「gooリサーチ」が「日本人の美徳」と思われる物を調べた。それによると、「礼儀正しさ」「謙虚さ」「思いやりの気持ち」「恥ずかしい事をしない」が挙げられ、他にも「寛容の精神」「温厚な性格」などもあがっている。



 では、こいつらに「礼儀正しく」接して問題は解決するのか?

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 属国の民と思われるだけだろう。



 彼に謙虚さが通じるだろうか?

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 「甲子園の砂」ならぬ「北方領土の砂」ぐらいは貰えるかもしれないぞ。



 彼らに「思いやり」が必要なのか?

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 現在にいたるも年間1881億円。



  いかにこちらが「美徳」と思っていても、そんなものは一つの「特徴」でしかない。
 「几帳面」を裏返せば「神経質」であり、「おおらか」を裏返せば「いい加減」になる。その一面をもって「美徳」と高唱し、それに固執したところで何になるのか。戦後、我が国にもたらされた、悪弊の数々は「美徳」の招いたものである事実を冷静に振り返るべきだ。

 その「美徳」が、我が国から数多の領土を奪い、「思いやり予算」を取られ、「在日特権」を与え、歴史認識すらも好き勝手に改竄され、支那人の更なる侵略を招いている現実をこそ直視せよ。

「いや、思いやり予算も、在日特権も、チャイナタウンも、外国人参政権も嫌だけど、“美徳”を失うのもイヤ」なんて調子のイイ話が通るわけねーだろ。それでも「美徳」というのなら、それは「奴隷の道徳」か「偽善者のオモチャ」である。

 我等は断固として奴隷でもなければ、偽善者でもない。日本人である。
 卑怯だろうが、下品だろうが、バカ、キチガイ、差別主義者と言われようが、祖国日本断じて護れ!

腐った「美徳」を捨てて立ち上がれ!!


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  by haigai | 2010-07-23 22:27 | 排害主義

排害主義で既存の綺麗事を殲滅せよ!

d0178541_12482719.jpg 排害社も会員が増えたので、デモ行進などで使う社旗をたくさん製作した。下書きを済ませた布地に、水で調合した水性ペンキを塗っていく。大きい部分は刷毛で、細かい部分は細筆を使い分ける。

 陽射しが強いから、すぐにカラッと乾いてくれるので、製作もはかどる。何枚も作っていると、指先がペンキで真っ黒になってくる。したたる汗を拭うと、頬にペンキが付いてしまった。

 排害社の結成を発表して約一週間、いろんな人から御意見をいただいた。
左翼の人から「なんて名前の団体をつくったんですか」と言われた。そりゃ当然の反応だろう。<行動する社会運動>の常連参加者からも「もっと良い名前があったろうに、◯◯の市民の会とか〜」と言われ、右翼民族派からも「そんな名前にせず、大日本◯◯同志会総本部にしとけばよかったのに」と言われる。


 それらの御意見をうかがって、本当にこの団体名にしてよかったと思った。既存のあらゆる運動に立つ人々から拒絶反応や、動揺を呼んでこその「排害社」である。今までの運動、とりわけ愛国陣営の運動体は、何らかの綺麗事を前提にして出発していた。

たとえば、「◯◯の市民の会」と言えば、「自分達は一般市民に見られたい」という願望があり、「大日本◯◯同志会」には、「自分達はスゴいと思われたい」という願望がある。どれもこれもが、自分達が良く見られたいという姿勢である。

誰も彼もが、悪名や罵倒、レッテル貼りを恐れた結果、何が起きたか?
反日勢力のつくり出すレトリックの前に怯み、彼らのつくり出した常識に自らの言論を合わせるという現象が起きたのだ。反日勢力から「差別だ!」と言われれば、せいぜいが「いや、差別ではない区別である」と弱々しく抗弁するばかりで、なぜ「差別」がいけないのか、「差別」とは何なのかを思考しようとしなかった。

その結果、「自分達はよく見られたい」という願望を抱く、ナイーブなジャパニーズ・ホシュは、左翼言論の前に萎縮と後退を重ねて来たのが、我が国の戦後史である。「祖国を愛する」と言いながら、自分の身を取り繕うことばかりに専心する様は、単なる自己愛者に過ぎない。

ひるがえって左翼陣営はどうだったか?
「共産主義者!」との罵声に対して、「日本共産党」「共産主義者同盟」「革命的共産主義者同盟」を結成し、「共産主義者だけどナニ?」とやったのである。カール・マルクス曰く「共産主義者は己の意図を隠す事を最も恥とする」

悪名・罵倒に臆する者が、それらを恐れぬ者に駆逐されるのは必然である。
ましてや、その相手が日本の左翼のように、その前提となる常識を創り出す者であるなら尚更だ。

製作した新しい何枚もの社旗も、時代の風を満身にあびて翻る日を待ちわびているかのようだ。我等排害社は、一切の悪名を甘受し、罵倒やレッテル貼りを笑い飛ばして、排害主義の旗を高々と掲げて前進する。

排害主義で既存の綺麗事を殲滅せよ!


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  by haigai | 2010-07-17 13:33 | 排害主義

「多民族共生」は人権侵害

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多民族「強制」を許すな!



先日来、ネットで入国管理局について軽く調べていると、面白いモノを見つけた。「外国人の人権」が大好きなサヨクな方々のサイトである。そこでは不法滞在者を収容する入国管理センターの問題点について記されてあった。

http://www011.upp.so-net.ne.jp/ushikunokai/
http://carlandream.hp.infoseek.co.jp/nanmin/west_immigration.html
http://blog.livedoor.jp/mana25/archives/50087189.html#

この入国管理センターの収容所では、雑居房にいろんな国の不法滞在者たちがブチ込まれる。彼らはそれを「国籍・民族・習慣・宗教・文化の違う人達を一緒に入れるのは人権侵害」として問題視している。

なるほどねー。

だったら「多民族共生」なんか訴えるんじゃねーよ。

もし、本当に「多民族共生」を訴えるなら、雑居の中で、互いに「国籍・民族・習慣・宗教・文化の違い」でトラブルを起こす外国人同士たちに文句を言うべきである。外国人を国籍や民族で差別せずに雑居房にブチ込む行政は、多民族共生サヨクから誉められるべきである。

しかし、彼らの矛先は外国人を雑居房にブチ込む行政へと向けられる。あれほど「多民族共生」が好きだったはずなのに変な連中だ。

こうした事からも分かるように、「多民族共生」の実態とは、「多民族強制」に他ならない。支那人の人口侵略をめぐる問題が、静かに、そして確実に着々と進行している。

◆中国共産党は6月10日付けで、「一人っ子政策」に違反して誕生した子供にも戸籍を付与する方針を発表した。

◆7月から日本政府は、支那からの旅行客に対する個人観光ビザの発給要件を大幅に緩和する。従来は年収25 万元(約350万円)以上の富裕層のみを発給対象としていたが、7月から年収3万〜5万元(約42〜70万円!)も新たに対象となる。さらに世帯主がこの条件を満たせば、世帯主が来日しなくても2親等以内の家族にビザを発給できるようになる。

◆ビザ緩和が通過すれば、発給要件を満たす層の人口はこれまで約160万人だったが、緩和により、10倍の約1600万人となる。

◆去年の時点で在日支那人の数が85万人を突破。在日華僑向け新聞「中文導報」によると、平成19年の一年間だけで日本国籍を取得した支那人は 10万5813人におよぶ。「日本中文導報」は、東京都にいる41万8884人の外国人のうち、37.8%にあたる15万8216人が支那人だと報じた。

◆ビザ緩和の内容からして、単純計算で上記の数字それぞれにゼロがひとつ付く事になる。

◆大阪市では、外国人の生活保護受給者がはじめて1万人を突破し、そのほとんどが在日韓国・朝鮮人。子供手当をめぐっても、この両民族は問題になったが、これに対して華僑系の「日中商報」(6月15日号)は「受給者はまだまだ少ない。みんなもっと貰おう」と煽動。「一人っ子政策違反の子」にも戸籍を付与し始めた支那の現状を鑑みれば、莫大な日本資産の国外流出は不可避。

◆「国家の主権、統一、領土の完全性・安全が脅威にさらされたとき、全人代常務委員会の決定をうけて国家主席が国防のための総動員、あるいは局部動員を発令できる」と規定した「国防動員法」が7月から施行される。ここで動員される国民に、国内・国外の区別は無い。

………もはや、支那人の対日侵略は取り返しの付かない段階に達しつつある。いや、時既に遅しかもしれない。この期に及んで、「多民族共生」とは、日本人に対する重大な人権侵害であり、日本国家に対する攻撃の一種である。

この危機的状況を打破し、国難に立ち向かうのは、
強烈な排外主義しか存在しないのである。


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  by haigai | 2010-07-13 14:06 | 排害主義

排害主義の台頭を!

いま、行動する社会運動の台頭に多数の反響反発が寄せられている。
「排外主義だ!」「差別だ!」「レイシズムだ!」などなど……そんな事に関して、少し書いてみたい。



◆「排外」ではなく「排害」だ

まず「排外主義」だけど、そんな思想は我が国には無い。
いまの運動参加者たちを一目見ても分かる。洋服を着て、スニーカーを履き、洋楽も聴けば、パソコンも使っている。

文明開化後の元武士たちが、電線の下を通る時に、鉄扇で自らの頭を覆ったとされる。彼が「排外主義」と称せられるなら分かるが、現今の行動する社会運動参加者や、日本人が「排外主義」と呼ばれる要素はない。


字義を正すなら、本来的は「排害主義」といった方がいい。外部から共同体にもたらされる害悪を排除しようとする働きだ。なぜ働きかと云うと、「主義」と呼び得る明確な理論体系・思想形態が無いからだ。


排害こそは、国家民族という共同体を守る為に、きわめて自然な働きだ。
それは僕らの肉体を見ても分かる。体内に入った病原菌や悪性腫瘍に対して、白血球や免疫細胞が戦って、病原菌などを排除しようとする。


だからこそ、僕らは健康に生き続けられる。もし肉体がこの働きをヤメたらどうなるか。死んでしまう。動物の群でも、イルカの群がサメの子供を育てたり、シマウマの群がライオンの子供を育てないのは何故かを考えればいい。


自然界に生きる動物は、在日朝鮮人にユスリ・タカリされる日本人よりも、ずっと合理的で賢い。日本を取り巻く情勢を、僕らは政治学・経済学などだ けで考えようとする。だから間違う。さらには人権だ平等だといった、愚かな言語で語ろうとする。故にもっと誤る。生物学・生態学で、自然界に学んで単純に 考えれば良い。

★「排害」こそ種の保存と、共同体を守る為の大原則である。



◆差別で思考停止するな

「差別!」という批判もある。こう言われると、日本の左右両派が一辺にたじろいでしまう。情けない。差別、テロ、暴力、信仰……どれも十人十色、ケースバイケースで、いろんな捉え方がある。

これらを全肯定するのも愚かしいけど、全否定するのは、もっと愚かしい。
日本では既にテロ、戦争、暴力、信仰などには、全否定も全肯定も取らない思想態度が確立してきている。


なのに、いまだ「差別」の一点については、左右両派から一般国民までが、みんな全否定で思考停止してしまっている。せいぜい苦し紛れに「差別じゃない区別だ」と言い返すぐらいだ。とても杜撰な態度だ。


こういった言論構造こそが、まず相手の土俵で、相手のルールに引きずり込まれている。そもそも差別というのは、こちらの差別する意志の有無に関係なく、相手がそう思った時点で差別に成り得るのだ。

ではココで思い出すべきは、上に記したように、白血球が病原菌を排除する作用を、世界中のどの医者が「差別だ!」と騒ぐかと云うことである。「なにを馬鹿な」と思うかもしれないが、本質は同じだ。

害悪を除こうとして「差別だ」と言われても、なぜ排除しなければならないのか、その理由をしっかりと考えて整理し、堂々と分別ある「差別」をすればいいのである。


ちなみに、多くの日本人は区別できていないけど、民族差別と人種差別は違う。人種とは生物的区別による集団だが、民族とは文化的帰属意識による集団だ。イスラエル建国の時、エルサレムに帰って来たユダヤ人の“多人種”ぶりを想起すればいい。


人種の違いで人を排斥するのは誉められた事ではない。
しかし、帰属意識の違う集団が利害対立で衝突するのは、当然の事だ。いまだ日本国内には、竹島を韓国領と言い張る泥棒や、金正日を崇拝するキチガイの朝鮮民族が六〇万人いる。これらと日本民族が衝突するのは当然の事だ。

★人種差別は不要であるが、民族差別は必然である。



◆レイシズムは支那人朝鮮人たちの思想

レイシズムという批判もよくある。多くの一般国民はそんな事いわれたって、なんのこっちゃ分からへんが、要は英語を並べ立てる事によって、我々の運動を欧米白人社会に見られる人種偏見と、もっともらしく同一視せんとする見方だ。

この点に関して云うなら、欧米白人社会に見られるレイシズムが「歪んだ人種優越思想」であるのに対して、我が国における今の潮流は「支那人朝鮮人の横暴に対する鬱積した怒りの爆発」だから、根本的に本質が違う。


日本にレイシズムが希薄であったことは、いままで多くの外国人を受け入れ、彼らが帰化の有無を問わず、少なからず我が国で成功を収めている事実からも伺える。

こうした日本人のレイシズムの希薄さが、かえって支那人朝鮮人を増長させたのが事実ではないか。日本人が欧米白人社会型のレイシズムを彼らに対して抱いていると考えるのは間違いだ。

人様の国に来て、あれほどの横暴を自由気ままに出来る連中の方こそが、我々よりも強く、日本人は圧倒的多数でありながら、圧倒的に弱い情況におかれているのだ。在日朝鮮人こそ「人類史上最強の弱者」なのだ。


欧米白人たちが移民に対して抱いて来たのは「憎悪」だが、日本人が戦後の支那人朝鮮人に対して抱いて来たのは「恐怖」だ。彼らのやり方は、そこに付け込み、上に書いた「排外主義」「差別」「レイシズム」の呪文で、日本人を沈黙させてゴリ押しする戦術だった。

この発想は、中華覇権主義とそれに追随する事大主義が根底にあり、日本へのレイシズムそのものだ。それに対して、日本の政治行政、マスコミ、言論人、アカデミズム、そして左右両翼に至るまでが沈黙を強いられて来た。


今の状態は免疫細胞と病原菌の関係でいえば、免疫不全=エイズと似ている。この不作為としか言えない状態に、立ち上がったのが、行動する社会運動だ。しかし彼らでも未だに、朝鮮人たちの呪文から自由になり切ったとは言い難い。

★本当に欧米型のレイシズムがあれば日本はここまで歪な社会にならなかった。

今こそ日本は、明日の日本の為にも、排害主義が市民権を、勢力を、地位を持つべきである。「排外主義だ!」「差別だ!」「レイシズムだ!」という愚にもつかぬ罵声に臆するときは、祖国が滅びる時だ。

前進か滅亡か。排害主義の旗を堂々と押し立てて進め。
排害主義の台頭にこそ、祖国の明日はある。

核兵器の無い未来よりも、 反日支那人朝鮮人の居ない日本を強く希望する。


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  by haigai | 2010-07-10 20:36 | 排害主義

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