進め難き一歩を歩んだ平成22年

国が乱れれば英傑が生まれる

進め難き一歩を踏み出した平成22年


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 古今東西、一年や一時代を回想すれば「激動」という言葉が頻繁に出て来るものであるが、運動に関して言うならば、今年こそ本当に「激動」の二文字が似合う一年であったと言えるのではないだろうか。運動の中では、周知の通り、弾圧もあれば、残念な事に、かつての仲間同士の訣別やすれ違い、齟齬、内紛も多々あった。それでも、今年一年は得るものも大きかったのではないかと思う。

 私事を交えながらの回想となるが、今年の一月、新年のお屠蘇気分も半ば覚めやらぬ中、筆者は関西にいた。全国に衝撃を与えた12月4日の、勧進橋児童公園奪還闘争の興奮を胸に秘め、現地での運動に参ぜんと欲しての事であった。実は関西での運動は初であったが、そこにはまさに在日特権の極みとも言うべき惨状が広がっていた。

 京都市宇治市のウトロ地区の不法占拠、掛け金を払わぬ在日の年金要求、朝鮮総連の土地の固定資産税免除から、在日が勧進橋児童公園の代替地を要求していたに至っては、怒りを通り越して呆れてしまった。日本人の穏やかな性格と、事なかれ主義が、かくも深刻な事態を招来してしまった。国際情勢における日本の縮図が、まさに関西に凝縮されていたと言える。

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 そして1月24日、新宿で在特会主催により行なわれた外国人参政権反対デモでは、解散地点に残留孤児の支那人少年が乱入。参加者を催涙スプレーで襲撃するという事件が起きた。また、3月28日に、京都市の朝鮮学校に対して主権回復を目指す会が、二度目のデモ行進を行なった際には、朝鮮人が大挙してデモ隊を襲撃。その時、連中の叫んだ言葉は未だに耳朶に残っている。「日本人は日本から出て行け!」

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「ハハハ、馬鹿な朝鮮人だなぁ〜」と笑うのは簡単だが、これが実際のところ、支那人や朝鮮人たちの偽らざる本心なのではないだろうか。「差別だ!」「強制連行だ!」「侵略された!」こう喚けば、日本人は常に譲歩してくれる。それを知り尽くした支那人、朝鮮人たちが日本人を排斥にかかって来ているのである。

 その確信を更に強めたのが、週刊新潮が四月に報じた埼玉県の芝園団地の問題であった。5000人が入居する埼玉有数の巨大団地である芝園団地で、なんと入居者の3割以上にあたる1800人が支那人になってしまったというのだ。早速、我々は現地を調査に行った。

 すると、団地のあちこちに支那語の注意書きがあふれ、分別されないゴミが散乱。すれ違う人間はほとんどが支那人で、支那語が大声で飛び交っている。洗濯物は無造作に廊下に干され、共用部分には自転車や私物が置かれ、周囲の迷惑はお構いなし。あげく、廊下には人糞がされているという始末。

 住民の話しによれば、自転車は頻繁に盗まれるし、上階から支那人が捨てたゴミで洗濯物に汚物が着くなどが日常茶飯事。さらには、公園の噴水に支那人が糞尿を垂れ流すため、憩いの場であった噴水は水を止められてしまった。「もう助けてください」と、高齢の女性が我々に懇願するように言った。「共生」の現実がそこにあった。

 「穏健」「大人しい」「寛容」「礼儀正しい」…もはや、そんな日本人の既存の「美徳」では、事態は全く解決を見ぬばかりか、ますます悪化させるのは明らかである。むしろ、そうした「美徳」が、この取り返しの付かない事態を招来せしめたといっても過言ではない。

 斯様な事態に、「自分がどう思われるか」ばかりに汲々とする既存の保守派の大多数は、本音を秘して「自分は排外主義者ではないが…」と奇妙な前置きをして、奥歯に物のつまったような、相も変わらぬ美辞麗句を陳列するのみで、丸で役に立たない。

 そうした中で、今年の春先より、NPO外国人犯罪追放運動の有門大輔理事長が自身のブログにおいて「排外主義の必然性」を理路整然と力強く訴え始められたのは、極めて大きな意義があった。およそ、自らをして「排外主義者」の“汚名”をかぶる事を、愛国陣営の誰もが忌避する中、率先しての事であった。

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 「いまはそんな事を言うには時期尚早だ」とする向きも多かったが、「では、その時期はいつ来るのか?誰かが発言し、実践しなければそんな時代は永遠に来ない」と論ずる有門理事長の論は、まさに正論であり、運動を切り拓く者の亀鑑とすべき姿勢であった。

 その健筆と正論に勇気づけられると同時に、加速する支那人朝鮮人の対日侵略に強い危機感を感じた有志らが、自らの団体名に「排害」を関した弊社を結成するに至った。そして、それに対して今まで「排害」あるいは「排外」の文字に沈黙していた少なからぬ愛国者が呼応してくれた。まさに、「誰かが発言し、実践しなければ時代は変わらない」を直に感じた思いである。

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 禅宗の言葉に「百尺竿頭より一歩を進む」というものがある。一尺が約30センチだが、百尺というと巨大な竿だ。その上を先端に向かって一歩一歩を歩んでいくのを、修行や人生になぞらえた。そして竿の先にいたる。そこから更に一歩を進めよ、と古の禅僧は説いた。そこで既存の保守派は「自分たちは排外主義者ではありません」と震えて座り込んだ。排害主義者はそこから更に一歩を進めた。これが今年の“一歩”であったと思う。

「百尺竿頭より一歩を進む」の言葉は転じて、自らの修行、功績、人生に満足し、増上慢に陥り、安住する事が決して無いように戒めると同時に、常に飽くなき内省と前進を説いたものである。一つ二つの成果や失敗で、一喜一憂することのない、力強い運動こそが今後求められるだろう。

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 また最後にもう一つ、今年の夏、勧進橋児童公園奪還闘争と、徳島日教組糾弾闘争に関わった関西の同志ら8人が逮捕されるという事件が起きた。この事件に、日本中の多くの同志たちが怒った。そして涙を流した。仲間が囚われる悔しさへの涙、仲間が帰って来た事への嬉し涙。筆者は、この全国で流れた一粒の涙こそが、運動に参加する人間にとって一番尊いものであったと思う。

 国が乱れれば、それを救うために英傑や叡智が生まれる。さまざまな事件があり、それだけ多くの言説が流れた。戦いもあり、笑いもあり、楽しい事もあった。けれど、仲間を想うて涙を流す事で、この戦列に加わる同志たちは、さらに“変革者”として強くなったのではないだろうか。そこから、本当に国を救う英傑も生まれ来る。それこそが、今年最大の“一歩”である。


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  by haigai | 2010-12-30 16:53 | 随想雑記

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