江沢民死すとも中華思想は死せず

江沢民死すとも中華思想は死せず

支那指導者の生死に一喜一憂するな


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派閥抗争激化も…中国指導部権力闘争、胡氏・習氏の直接対決へ
 “歴史上の人物”の一人に数えられる中国の江沢民前国家主席の“不在”が今、注目されるのには理由がある。その影響力の有無が、来年秋の第18回党大会の最高指導部人事など、今後の中国共産党の権力構造に大きく関わってくるからだ。
 共産党内部では、3大派閥が拮(きっ)抗(こう)してきた。胡錦濤国家主席率いる共産党下部組織、共産主義青年団出身者が属する「共青団派」、次期指導者と目される習近平国家副主席を中心とする元高級幹部子弟で構成される「太子党グループ」。そして江氏を精神的支柱としてきた、いわゆる「上海閥」である。(以下略)
(産経新聞 七月七日)



江沢民か死んでしまったのか、それとも生きているのか。情報が錯綜している。というよりも、一部の日本人が無意味な一喜一憂をしているのではないか。この産経新聞の記事などはその典型的な例である。支那の指導者が死ねば、大混乱が起きて国家崩壊や、体制変革、民主化につながるのではないかと淡い期待が透けて見える。

 こうした淡ーい期待は鄧小平の時にも出て来た。鄧小平の死が伝えられるや、日本の保守派や台湾の独立派は、「これで支那もバラバラになってオシマイだ」とばかりに小躍りし、香港の人間達は大量の難民が押し寄せて来るのではないかと戦々恐々とした。しかし支那は崩壊どころか、より盤石になっていった。

 そもそも、毛沢東が死んだところで、多少の政治的混乱を見せながらも、崩壊や体制変革をしなかった国柄なのだ。いまさら江沢民が死んだところで、共産党内部の力の均衡に多少の変化はあっても、支那が変わることなどありえないではないか。

 日本人や欧米人は、強力な独裁体制をみると、それがさも個人のパーソナリティにのみ依拠して成立しているかのように思ってしまう節があるのではないか。しかし、支那の強権的独裁体制と対外的覇権主義は、なにも江沢民の趣味でもなければ、胡錦濤の道楽でもない。支那人の持つ中華思想があらわれたものなのだ。

 江沢民は自著の中で、「日本に対しては、台湾問題をとことん言い続けるとともに、歴史問題を終始強調し、しかも永遠に言い続けなくてはならない」と説いているという。これは何も江沢民個人の思想でもなければ、鄧小平の遺産でも、毛沢東の教えでもない。支那人が中華思想から演繹的に思考すれば当然いきつく結論だ。

 今後、支那で政治闘争が顕在化して共青団派が主導権を握ろうが、太子党グループが勢いづこうが、どちらも我が国に対して永遠に歴史問題を言い続けてくるだろうし、覇権主義の膨張をやめることはないのが冷厳なる現実である。江沢民など一指導者の生死から起きる「派閥抗争」に一喜一憂している人間は、こうした現実から意識的に目を逸らそうとしているのではないか。

江沢民死すとも中華思想は死せず

支那人と対峙する姿勢に希望的観測は不要だ



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  by haigai | 2011-07-08 11:05 | 国際情勢

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