ノルウェー連続テロ事件に見る共生

ノルウェー連続テロ事件

「理想の国は日本」に見る“共生”


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 七月二十二日、ノルウェーのオスロで官庁街での爆破事件と、郊外湖畔の島で銃乱射事件が起きた。両事件の犯人として、アンネシュ・ブレイビク容疑者が逮捕されている。同容疑者は「犯行は残忍であるが必要だったと思っている」と語り、イスラム系を中心とした移民の流入と、それを容認する多文化主義的風潮への警鐘であったと述べているという。

 我が国においてはイスラム教徒の割合は0.01%とほとんど目立つ者ではないが、ノルウェーにおいては2%におよび、我が国でいうところの支那人・朝鮮人ぐらいの割合に達していた。日本ではイスラム教徒とのトラブルは殆ど発生していないが、七年前の平成十六年二月には次のような事件も起きている。

 28日午後3時50分ごろ、埼玉県越谷市川柳町4丁目の中古車オークション会場で、街宣車に
乗った男性3人と、車の買い付けにきていたパキスタン人ら外国人客らとの間でトラブルとなり、外国人らは街宣車を取り囲み、窓ガラスを割ったり投石したりした。双方に軽いけが人も出ており、越谷署は傷害と器物損壊の容疑で関係者から事情を聴いている。

 同署などによると、街宣車2台が、「無断駐車はやめろ」などと拡声機で叫びながら、会場内に入り込んだ。男性らは外国人を差別するような発言をしたため、会場にいた客のうち外国人ら約200人が街宣車をけったり、窓ガラスを割ったりしたという。一方、男性らは外国人らに向け、エアガンを発射したりしたという。

 騒動は20分ほど続き、110番通報で署員が駆け付けて収まった。(朝日新聞 平成十六年二月二十九日)


 ここでは、パキスタン人が違法駐車を常態化させたり、食べ残しの生ゴミや、希硫酸などの激薬物が入った車のバッテリーを溝や田んぼに不法投棄するなどのトラブルが続いていた。日本においてもパキスタン人などの新興イスラム社会が拡大すれば、こうした摩擦はますます増えたことだろう。

 ブレイビク容疑者は、自ら綴った犯行計画書の中において、学ぶべき国として日本を挙げ、日本が多文化主義を取っていないことを高く評価していたという。もしブレイビク容疑者が来日して、池袋や上野、芝園団地や大阪の鶴見区などを案内したらショックを受けてしまいそうで、何ともいたたまれない。

 ブレイビク容疑者にしてみれば、日本は多文化主義の悪を認識した上で、その政策を採っていないように見えたのかもしれないが、そうではない。日本は多文化主義をとらず排害主義的政策をとっている訳ではない。多文化主義が招く禍いも知らず、排害主義の正統性も知らず、根本的に外国人や異民族に対する知識が欠如しているだけなのだ。

 知らないからこそ理想の国に見えるのだ。在日朝鮮人が社会の表裏を牛耳り、横暴な支那人が激増し、政治家は外国人優遇ばかりを考えている本当の日本を見れば、ブレイビク容疑者にとって日本は「唾棄すべき哀れな国」になっただろう。これは日本人も同様である。ノルウェーやスウェーデンと聞けば、福祉の最先進国で豊かで平和といった印象がある。遠く離れれば明暗の“明”のみが輝いて見えるのだ。

 これは日本がバブルを迎えていた時代の、中東諸国における日本評価も同様である。「日本には労働組合がないから経済が強い」「日本は天皇親政だから経済が発達した」などなど、こうした誤った日本像が一人歩きして“畏敬”を集めていたという。

 我が国の歴史を振り返ってみても、日本と支那の関係が最も良好であったといえるのは、江戸時代に鎖国を敷き、支那との接触を長崎の唐人屋敷に限っていた頃だろう。その頃の儒学者や水墨画家、武士階級における支那への憧憬は最高潮に達し、「なぜ支那人に生まれなかったんだ」と悔恨した者までがいる。いま、テレビや新聞で伝えられる支那の実態と、我々の隣に暮らす支那人の有り様を見て、「生まれ変わりたい」などと思う者は余程の物好きだろう。

 おそらくイスラム社会も中東にとどまるのみであれば、欧米のキリスト教徒たちをして、「十字軍と何度も屈強に戦った敬虔な人びと」とライバルに対するような畏敬の念で見られていただろう。万物には明暗がある。その暗部をも異なった社会に持ち込めば、必ず軋轢が生まれる。無理に「共生」することは止めて、互いに一歩離れた遠くに“棲み分け”する事の方が、より多くの幸せをもたらすだろう。



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  by haigai | 2011-07-28 14:05 | 国際情勢

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