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朝日新聞襲撃事件から25周年

朝日新聞襲撃事件から25周年

謎のテロリスト=赤報隊は勝利した!


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 昭和六十二年、「赤報隊」を名乗る謎のテロリストが、朝日新聞への襲撃事件を続けた。彼らの声明には、 「これまで反日思想を育成してきたマスコミには厳罰を加えなければならない」として、朝日新聞東京本社銃撃からはじまり、朝日新聞阪神支局で記者二名を散弾銃で殺傷、朝日新聞名古屋社員寮襲撃、静岡支局爆弾設置などを繰り広げた。この事件から今年で四半世紀が経つが、我々はいかに考えるべきだろうか。

 朝日をはじめとした、リベラルジャーナリズム気取りの売文屋たちは、赤報隊事件を「言論VS暴力」と殊更に訴える。しかし、その「言論」とは誰のための言論だったのか。朝日がさかんに自らを市民の代表であるかのように喚きながら、その実で支那朝鮮の代弁者となって、祖国を貶めて来た事実を誰もが見て来た。

 「報道の自由」「言論の大切さ」「市民の耳目」と言いながら、一方的な支那や朝鮮の言い分ばかりを垂れ流している。在日朝鮮人の犯罪者が捕まれば、通名報道であたかも日本人のように報じる。日章旗を持った愛国のデモは大人数でも黙殺し、左翼の反日デモや反国家の集会は少数でも大きく取り上げる。

 かつてならば、朝日新聞をはじめとしたマスコミの後ろには、多くの国民が付いていただろうし、国民もマスコミを頼りにしていた時代もあった。しかし今や、インターネットの普及により、マスコミの伝える「真実」と、伝えられない「真実」のギャップが瞭然となった。

 もはや、少なからぬ国民はマスコミを信用しないし、その偏向と反日的姿勢に憎悪の念を持つ者も少なくない。朝日新聞などが言い募ってきた「言論VS暴力」の構造は完全に崩れた。そして新たに出現した対立構造が「マスコミVS国民」である。

 赤報隊は朝日新聞や在日韓国人施設への襲撃を続け、闇に消えた。そして事件は平成十四年に時効となった。この時、インターネットの掲示板には時効を祝う声があふれた。 もし今、また朝日新聞が襲撃されたら歓喜の声に湧き立つだろう。

 朝日新聞社116号事件取材班による『新聞社襲撃』(岩波書店)という本の中で、朝日は「赤報隊は失敗したのだ」と精一杯の虚勢を抜かす。ならば赤報隊のどこが失敗だったのか。事件からの二十五年間、朝日新聞をはじめとしたマスコミは、ますます国民意識と乖離し、反発を招いて来た。それでいて、日本人のナショナリズムは覚醒と前進を続けた。「赤報隊」を名乗る脅迫状も、NHKや朝日新聞、売国政治家のもとに今だに届き続けている。

 ナチスのヒトラー総統は「テロは同程度のテロで対抗しない限り必ず成功する」と喝破している。巨大な既存権力階層が、いかに「テロに屈しない」と虚勢を張ったところで、姿の見えないテロリストには報復も処罰もできない。赤報隊の非対称テロルは成功に終わったのだ。

 赤報隊の犯行声明の一節には次のようにある。
「わが隊は いつかは権力とのたたかいで 玉砕する。
けれども 後には一億の赤報隊が続く。
ひとりでも日本人が残っていれば 反日分子に安全なところはない。」
朝日新聞を襲撃した赤報隊は消えた。

 赤報隊のテロルが続いていた昭和から平成にかけての時代は、支那人朝鮮人への批判はおろか、改憲や歴史認識論争すらタブーだったのだ。それが今や、通常の言説として市民権を獲得している。昭和の終わり頃、右翼団体の街宣車の看板ぐらいにしか書かれていなかったスローガンは、いまやネットの言論空間からオピニオン誌にいたるまで普通のものになった。

 そして今では、朝日やフジテレビ、NHK、電通などの既存反日メディアを、日章旗をかかげて包囲・進撃する大群衆が出現した。本日一月二十四日は赤報隊事件から二十五周年になる。赤報隊の高笑いが聞こえてくるようで、実に痛快である。


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  by haigai | 2012-01-24 15:25 | 随想雑記

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